Emergency 

  (Whirlpool制作『MagusTale 〜世界樹と恋する魔法使い〜』より)
                     風野 旅人(tabito@din.or.jp)

7.EMERGENCY


「あ〜ぁ、結局、狐か狸にでも化かされてたみたいね〜」
 ラピスが世界樹の実に戻ってしまったショックをまだ少し引きずりながらも、俺とエマはアルベルトの制服を回収しに世界樹の袂に戻ってきていた。
 今日一日、外見だけ若返るというあのエマの暴走した魔法も含めて、何かに化かされていたというのは当たっているかもしれないな。
「そういえば……黙ってて悪かったな」
「? 何のこと?」
「俺が魔法を使えないんじゃなくて、魔法を無力化する力があることのことさ」
 もうばれてしまっているので、正直に話しておいた方がよさそうだと思ったのだが、
「知ったってしょうがないじゃない、それで今更序列が変わるわけじゃないし……」
「あはははは…… エマらしい答えだな」
 と、まったくもってエマらしい答えである。どちらにせよ魔法が使えないのは変わらないのだから、同じ事というわけだ。
「それよりも大樹、今日はありがとね」
「それこそ、何がだ?」
 思い当たる節は全くないわけではないが、一応確認を入れる。
「一日中、引っ張り回しちゃったこともあるけど、やっぱりボガード先生が暴走したときかな?」
「おいおい、あのとき俺はほとんど逃げるしか出来なかったぞ、最後はエマが魔法でケリつけただけだし……」
 まあ、ボガードのラピスを掠め取ったことが勝因の一つであることは間違いないとは思うが、エマの魔法があってこそだったことは疑いようの無い事実である。。
「そういえばあのとき、ちゃんと魔法使えたよな? あれってどうしてなんだ?」
 エマが魔法の授業をまともに受けたのを見たことのない俺としては、どうしてもそこだけが腑に落ちなかった。
「う〜ん、さっきのは無我夢中だったということもあるけど…… 昨日話したでしょう? 入学したての頃はわたしもわりと真面目に魔法の勉強してたのよ」

 ――入学してからしばらくは、他の人の魔法訓練を見たり、
          世界樹の実を光らせてラピス化しようとしたり――

 昨日、世界樹観測施設のベンチで聞いたエマの言葉を思い出す。
「そういえば、そんなこと言ってたか……」
 しかし、そのときのエマはどんなに頑張っても魔法が使えるようにならず、結局今の今まで諦めてしまっていただけだったのだ。
「簡単な魔力弾程度の作り方なら、初めの頃の授業の内容にあったから。まあ、さっきのはぶっつけ本番だったけど、まさかあんなのが出来上がるとはわたしも思っていなかったわよ」
 それでも学んだことは無駄にはならず、それがあの土壇場で生きたわけだから、過去の努力もいつかは報われる時が来るのかもなぁ……
「それにしても、ラピスはまたしばらくお預けか〜 前よりも希望があるといっても辛いわよね……」
 力を失ってしまった元ラピスである世界樹の実はそのまま持っているように学園長から言われているものの、いつまた光るようになるのかすら分からない。
 ……そういえば、ラピス……ラピス……!?

「ああああーーー!? し、しまったぁぁぁぁーーーー!!」

「ど、どうしたのよ? 急に大声なんて出しちゃって……」
「そういえば、すっかり忘れてた……!!」
 肝心なことを今更ながら思い出して、俺は慌てて上着の内ポケットを懸命に漁る。
「……確か、ここに入れておいたはず……っと、あったあった……」
 俺が取り出したのは、手のひらに収まる程度の小さな紙袋である。俺は中身を検めてから安堵のため息を一息飛ばした。
「よかった、中身は無事か……」
 さっきの大騒ぎでこの中身が破損していた可能性も十分考えられた。
「なにそれ?」
「……う〜ん、まあ、いいか……ほれ」
 俺はちょっと思案してから意を固めたが、さすがに面を向いてでは照れくさくなったので、そっぽを向きながらエマに紙袋を手渡す。
「え、わたしに?」
「他に誰がいるんだ」
 エマはそれを受け取り、紙袋を傾けて中身を手の中に納めた。
「え、ええええ……!? だ、大樹……! こ、これって……!」
 中から転がり出てきた内容物を確認し、エマがびっくり箱を中途半端に開けたような声を上げた。
「ああ、ラピス用のアクセサリだ」
 銀のガントレット型のラピスアクセサリ、それが俺が手渡した紙袋の中身。
 ガントレットといっても、どこぞのファンタジーゲームに出てくるような、ゴテゴテした厳つい代物ではなく、手の甲だけを金属で覆うような小さなもので、その甲部分の中心にラピスをはめ込む形になっている。
 ちなみに、これは本当に防具として用いるものではなく、あくまでアクセサリであるため、シンプルながらも装飾が施されており、存在するのも左手のみのものだ。
「これ、いったいどうしたの……?」
「……昨日買った。妹の小雪に頼んで、店に連れて行ってもらってな」
 さすがに恥ずかしくなったので、俺はぶっきらぼうに答える。
 昨日、小雪の用事につきあった後、ラピスアクセサリを扱っているお店を教えてもらったまでは良かったのだが、「何のために行くのだ? 誰に渡すのだ?」とか根掘り葉掘り小雪から追求されることとなった。
 そのアクセサリ選び自体も、選ぶのを手伝うという大義名分を振りかざされ、強制的に同行されることを余儀なくされる。
 挙げ句の果てには、『口止め料』なる不当な要求と脅迫を受け、泣く泣く小雪にもアクセサリをお買い上げされる(当然予算の出所は俺)という、惨劇に見舞われた。
 そんななけなしの財力の劣化と妹からの精神攻撃を伴った苦労(?)して入手したものだったのだが……
「これも結局無駄になっちまったなぁ……」
 俺は、エマの手の中にある銀色のアクセサリーを見つめながらため息を吐くしかなかった。
 どうせなら、ラピスがちゃんとしていたときに渡せれば良かったのだが、あの騒ぎですっかり失念していたのだ。
「大樹……」
 アクセサリーを握りしめ、いつの間にかエマは俯いていた。
「……ん?」

「だ、大樹の馬鹿ぁぁぁぁぁーーーー!!」

 至近距離で耳をつんざく叫び声を当てられる。耳の中でキーンという音がし、頭痛を伴って非常に痛い。
「ちょ、なんで……」
 エマは俺が言葉を紡ぐのを遮るかのようにして、ビシッと俺の口元に人差し指を指す。
「ちょっとっ、女の子に贈るプレゼント選びに本人同行させないなんてどういうことよ!」
「あ、ご、ごめん……」
 さすがにそこまで頭が回らなかった。そもそも昨日はエマがあっという間にどこかに行ってしまったこともあるが、早く渡せた方がいいかと思っていたこともある。
「しかも、妹とはいえ他の女の子に選ぶのを手伝わせるだなんて! デリカシーの欠片もないわね!」
 しかし、プレゼントを贈ったのに、ここまで罵詈雑言の文句を並べ立てられるとは……さすがに凹むな……
 あからさまに俺は意気消沈して、肩を落としたのだが、
「……な〜んてね。冗談よ、冗談。そんなに落ち込まないでよ。第一このわたしがそんなこと気にするとでも思ってるの?」
 そういってエマは握りしめていたアクセサリを左手にはめる。
「……そういう、ものごっつ質の悪い冗談は極めて心臓に悪いからマジで勘弁してくれ……」
 さすがに今のは泣きたくなったぞ、エマ。
「といっても正直驚いてちょっと動揺しちゃったけどね」
 そういいながら、エマはアクセサリの装着具合を確かめていた。
「どう? 似合うかな?」
 エマは、アクセサリをはめた左腕を翻して俺に見せる。
「ああ、エマに似合うと思ったのを選んだんだから、見るまでも無いぜ」
 などと俺は自信たっぷりに返したが、実のところ、このアクセサリの選択には相当難航を極めていた。
 『あれでもないこれでもない』という小雪の横やり波状攻撃も判断を迷わせる一因とはなっていたものの、そもそも俺はアクセサリなんて選んだこともない。
 結局、「活動的なエマに似合うもの」というのを条件に消去法的に選んだのが、このガントレットだったわけだ。
「そっか……」
 エマはアクセサリに顔を近づけ、まじまじとそれを見つめている。

「……これで、少しは……みんなに近づけたかな……?」

 小声でエマが何かを呟いていたが、俺には聞き取れなかった。
「何か言ったか……?」
「ううん、なんでも」
「ま、そのアクセサリをつけたエマの魔法服姿にも期待しているぜ」
 おどけた口振りで俺は言う。見てみたいのは正直なところだけどな。
「そんな、アルベルトみたいなこといわないでよ」
 俺の軽口にも、エマは穏やかな微笑みを返して答えた。
「……期待しちゃ、駄目か?」
「う〜ん、分かったわよ、真っ先に大樹に見せてあげるから」
 エマのその姿を見て俺は内心安堵していた。
 ……良かった……ちょっとは元気が出たみたいだな。一時的にとはいえ手に入れたラピスを失ったエマからはどことなく空元気みたいなものを感じていたから。
「大樹」
「ん?」

  ちゅっ

「……え……?」
 気が付いたときには、目を閉じたエマの顔が真っ正面至近距離にあった。
 柔らかい肌と肌が触れあった微かな音が、俺の頭の中で大きなうねりとなってリフレインしている。
 一瞬の後、エマが俺から離れ、
「えへへへへ……」
 と、頬を微かに赤らめながら、舌を微かに口から覗かせてイタズラの成功した子供のように微笑んでいた。
「これが、わたしからのこのアクセサリと……その他いろいろのお礼」
 ……完全に不意打ちだった。
 分かっていても避けるなどということは露にも思わなかっただろうが、俺は何の身構えもなくそれを受け取ってしまっていたのだ。
「念のため言っておくけど、これはわたしのファーストキスなんだからすっごく貴重なのよ!」
 エマは俺から一歩離れると、先ほどと同じように俺を指さして豪語する。
「あ、ああ……えっと、ありがとう……」
 一体どう言えば良かったのか咄嗟には皆目見当が付かず、俺は辛うじて間の抜けた礼の言葉を返していた。
 いかん、この状況は全く想定していなかったぞ。
 内心完全に狼狽えまくっている俺をよそに、エマは口を尖らせ、
「どーも、反応薄いなぁ〜 ひょっとして嫌だった……?」
 少々顔を曇らせていた。
「いやいやいや! 全然全くそんなことこれっぽちも一欠片もないぞ!!」
 素直に嬉しいのは間違いないのだが、ハッキリと言葉にして伝えるのは難しいし、照れくさかった。
 というか、俺がこれだけ慌てふためいているのに、思ったよりも平気そうにしているエマの方が不思議である。
「よかった…… それじゃ、これで大樹へのお礼はおしまい!」
 そのまま、「めでたしめでたし」とでも言いかねないエマであった。
 そして、弾けるようにエマは世界樹の方に向き直り、先ほどまで俺のことを指していたその指を世界樹へと狙いをつける。
「絶対にもう一度認めさせて、わたしのラピスを取り戻してみせるからね!」
 世界樹に向かって声高らかに宣言するエマ。
「大樹、これからまたしばらくは、魔法の使えないもの同士、また仲良くやってゆきましょう」
「あ、ああ……」
 エマは、まだ頭が混乱しまくっていて状況を正常に認識し切れていない俺の手を取り、
「さあ、行くわよ!」
 学園の方に向かって駆け出した。

 俺はエマに手を引かれ、その左手で揺れる、本当なら紫色の輝石が収まるはずだったラピス不在のアクセサリを見つめながら、
「ま、いっか……」
 軽いため息とともに、世界樹の袂を駈け抜けていった。


 物語はもう少し続いてゆく、

   世界樹の袂、魔法学園、この島……


 そして、この青く澄み渡る果てしなき空の下で……


                   Emergency 完


■ おまけ
 世界樹を365日、おはようからおやすみまで見守る世界樹観測施設。
 この施設の主であるセシルが、魔法時間終了の鐘を鳴らし終え、室内に戻ってきていた。
「……寝てますね……」
 いつもの抑揚がない口調に若干のとまどいがあった。
「ふにゃぁ……大樹さ〜ん、こんなに小さくなっちゃってぇ〜 かわいいですぅ〜♪」
 幸せそうな寝言をたてるアリシアがティーカップが並べられたテーブルの上で微睡んでいた。


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