Emergency 

  (Whirlpool制作『MagusTale 〜世界樹と恋する魔法使い〜』より)
                     風野 旅人(tabito@din.or.jp)

6.ALERT


 響き渡る鐘の音の中で、世界を染め上げていた不可思議な光りが消え、元の色彩を取り戻してゆく。
 長らく続いた魔法時間が今終わったのだった。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ! わ、わ、わしのぉぉぉぉぉぉぉっ! フ、フフフ、フサフサの髪がぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 目の前で頭を抱えて喚くボガードの爺は、まるでビデオの早送りをされているかの如く、猛烈なスピードで老けはじめた。
 それに従って徐々に髪の毛は次第に失われて行き、しわだらけの頭皮が現れる。
 ……よかった……エマの魔法、魔法時間が終わったら効果が切れたか……
「……それにしても、老けてゆく様を見せられるのは、正直いい気がしないな……」
 俺たちがこんなに老化するのはまだ先ではあるにしろ、自分たちだって少しずつ年を取ってゆくのは間違いないわけで。
「大樹は、絶対にあんなんにならないようにしてよね」
 髪の毛を失って大絶叫と狼狽を繰り返すボガードを指さして言うエマ。
「…………なると思うのか……?」
 そう思われていたとしたら、相当ショックだぞ、エマよ。
「なんていうか、あのボガード先生も昔はこんなんじゃなかったような気がするのよねぇ〜」
 確かに、あれだけ美形ならばこんなに性格がDNAの二重螺旋の如く歪む必要もないわけで、一体ボガードの過去に何があったのか気になるところではあるな。
「そうね、人なんてちょっとしたキッカケで容易く変わってしまうものだから」
「! その声は、学園長!」
「セーラに優花先輩も、元に戻れたのね」
 いつの間にか俺たちの周りには、元の姿に戻った学園長とセーラ、そして優花先輩が立っていた。
 しかし、その三人の顔に張り付いた表情は様々で、学園長はいつものニコニコ顔なのだが、セーラはふて腐れた不機嫌顔をしており、優花先輩は心底残念そうながっかり顔をしているのが気になる。
「大樹君、ずいぶん派手にやられたみたいね…… セーラと九条さんは大樹君を手当てしてあげて」
 学園長はそれだけ言うと、未だに喚いているボガードの目の前に立つ。
「……ボガード」
「げぇっ! エ、エルダ……」
 たちまち大人しくなり、見るからに小さくなるボガードであった。相変わらず、学園長が睨みを利かせると怖いらしい。
「さて、この始末どうしてくれるのかしらね……?」
 学園長は園庭をなぞるように広げた掌で指し示しながら、ボガードを詰問する。
 なぞられた先の園庭には、あちらこちらにクレータが穿たれ、庭木は焼けこげすっかり丸坊主、石像はバラバラに砕け散るという見るも無惨な姿を晒していた。
「それは髪が、髪が生えおったので、つい調子に乗ってしまってのう…… それにあの生意気な小僧が……」
 消え入りそうな声で、言い訳にならない言い訳を並べるボガードだが、全く説得力はない。
 ……しかし、年が元に戻ったことより、頭から毛が消え去ったことの方がショックが大きいらしいな……
「言いたいことはそれだけね? では、きちんとしっかり責任は取ってもらいましょうか、ボガード。あなたに今日から二日以内でこの場を修復することを命じます。良いですね?」
「ふ、二日!? いくらワシでもそんなことをしたら、ぶっ倒れてしまうわい!」
「……出来ないとでも……?」
 慌てふためいて抗議するボガードであったが、有無を言わせない学園長の笑顔を見て沈黙させられた。
 にっこり笑って押し通す学園長の顔は正直怖い。さすがこのセーラの母親である。
「……ところで、セーラ。なんでそんなに不機嫌そうなんだ?」
「な、なんでもないわよ!」
 顔を真っ赤にしながらも、手当はちゃんとしてくれるのがセーラらしい。
「それがねぇ〜、わたしが小さくなったセーラちゃんを可愛い、可愛いってだっこして撫でたら機嫌悪くなっちゃったんだよ〜」
「せ、先輩! そんな変なこと言わないでください!」
 今の会話で、優花先輩が俺たちと分かれた後、学園長達と合流してから何があったのか、何となく想像出来たぞ。
 泣きわめいていた優花先輩だったが、自分よりも小さくなったセーラを見て、そのお姉さんぶりをいかんなく発揮し、なで回し上げるという構図が。
 俺たちには運の良いことに、それによって機嫌を直した先輩は、先ほど会ったときの件はすっかり忘れているようである。その点はセーラに感謝しなければ。
「そ、それにしてもボガード先生も不味いことをやってしまったわね……」
 あからさまに話を切り替えるセーラだが、こちらとしてもこれ以上の追求はやぶ蛇になりかねないのでその流れに乗った。
「それはまあ、これだけ大暴れしたんだしね……」
「いいえ、単に大暴れしただけなら、一週間くらいの期限になっていたわ、きっと」
「三分の一以下に日数が減らされる事って……?」
 そもそも、魔法が無ければ一週間でも修復は無理だろうが、それでもそこまで期限を減らされる理由とは一体……
「あれよ、あれ。あれさえ壊していなければもう少し猶予をもらえたでしょうにね」
 セーラが指さす園庭、その先にあるのは……
「もしかして、こっちの世界で作られたあの石像のことか……?」
 セーラが指さす場所は今はただの瓦礫の山と化しているが、あの若ボガードが初撃で破壊した二宮尊徳像が建っていた場所である。
「そう、あの像はお母様……いえ、学園長のお気に入りだったのよ」
 ……相変わらずよく分からんセンスである……
「曰く、『仕事を抱えながらも、勉学に励む姿を素晴らしく表現している』……とのことよ」
「なるほどぉ〜」
 何故か優花先輩が感心しているけど、先輩、アレはこちらの世界ではさほど珍しい品じゃないと思うのですが。
 まあ、最近の学校に建っていることはまれだろうけど。
「とりあえず、みんな元に戻れて良かったよ……」
「本当ね、エマの人騒がせな魔法のお陰で散々な目に遭ったわ……」
 心底やな顔をして、ため息をつくセーラ。まあ、学園長に優花先輩にと絶え間なく子供扱いされたんだから、プライドの高いセーラからしてみればたまったものではないだろう。
「わ、わざとやったわけじゃないわよ! あ〜、もしかしてセーラ、わたしのラピスが生物形態で発現したのを妬んだりしてるんでしょう!?」
「そんな安っぽい感情をあなたに抱くはずがないでしょう! 見てなさい! 私だって直ぐにでも発現させてみせるわ!」
「ふふ〜ん、それじゃ明日にでもお披露目してもらえるかしらね? セーラの発現したラ・ピ・スっ」
「き〜〜〜〜〜〜ぃ!」
 顔を真っ赤にして金属音のような歯ぎしりするセーラと、余裕たっぷり顔をして語尾にハードマークでもつけかねない勢いでセーラを挑発するエマ。見ているこっちが酸欠で窒息しそうなほどのとても息苦しい、一発触発の睨み合いが展開されている。
 なんか以前にも同じようなことがあった気がするんだが……
「あら、あなた達、無事だったの?」
 エマとセーラの睨み合いが続く中、いつの間にか俺たちの担任であるミレーヌ先生もやって来ていた。
「先生の方こそ大丈夫だったんですか?」
「わたしの方は、学園生くらいのころに……。でも、若返ったのは魔法時間が終わる少し前だったから」
 『ミレーヌ先生の学園生時代』というのはちょっと見てみたい気がするけど、元々俺たちとそう年齢が離れているようには見えないので、見た目に差を感じられたかは分からないだろうな。
「他にも影響のあった学園生たちも、ちょっとした若返り程度で済んでいたみたいだから、被害はさほどのものではなかったわ」
 それを聞いて俺たちは安心する。さすがにこの若返りの影響で他に怪我人とかが出てたりしたら、ただでは済まなかっただろう。
「とりあえず、一件落着か……」

「きゃぁぁぁぁぁーーーー!!」
「こ、この変態! こっちに来ないでぇぇぇぇぇーーー!」

 そのとき、校舎の裏手の方から、女子学園生達の声と思わしき叫び声が次々と響き渡った。
「や、やめてくれぇぇぇ〜 こ、これは不可抗力なんだよぉぉぉぉ!」
 その後に響く、男の声……ってこれ、アルベルトじゃないのか?
 俺たちが校舎の角に注目すると、女子から石やら文具やらを投げつけられながら、半泣きで校舎の裏手から駆けだしてくるアルベルト。
 ただし、素っ裸で……
「「あ゛……」」
 同時に声を上げる俺とエマ。
「そういえば……」
「……確か、服は世界樹に置いてきた……」
 赤ん坊化したアルベルトをくるんでいたのは、ワイシャツ1枚、しかもそれは庭木に投げ込まれた時点でどうなったかは不明であった。
 恐らく、庭木の中で元に戻って、そのまま出てきてしまったのだろう。
 女子に追い立てられながらも、かろうじて股間を隠していたのだが、アルベルトはこちらに気がつくと、
「あああ! 大樹にエマ! 二人とも服返せぇぇぇぇぇ!!」
 こちらに気が付いて向かってくるのだが、とっさにその両腕を振り上げていた。
「うわっ、馬鹿、そんなものこっちに見せるなっ!!」
「アルベルトの馬鹿! 何見せているのよ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「へ、変態さんが来たよ〜! 大樹君〜!」

  ゴチィィィィィィィィィィン!!

「うごっ…………」
 文字通り白目を剥いて、大の字に地面へと倒れるアルベルト。
 その股間には……辞書みたいな分厚い本が深々と突き刺さっていた……
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 投げた本人は、今更ながら悲鳴を上げる。投げたのはその突き刺さった本型ラピスの所持者である、ミレーヌ先生であった。
 うわぁ……この人セオリー無視して、悲鳴を上げる前にラピスを全力投球しちゃったよ……
 あれでは、アルベルトには弾道が全く予測できなかっただろう。
「ぞ、ぞぞぞ、ぞうさんが…… ぞうさんが……」
 悲劇の張本人は頭を抱えて怯えていたりする。ミレーヌ先生はああいうのはあんまり免疫無さそうな気はしていたけど、ここまでとは……
「なんで、大樹まで股間を押さえているのよ?」
「……エマよ、あの痛みは女性には一生分からないものだよ……」
 インパクトの瞬間、見ていたこっちの股間にも痛みが走った気がしたぞ。
 しかし、白昼堂々、男の露出狂なんぞ見せられるのはたまったもんじゃないな……
「……それで、これどうするの……?」
 思ったより耐性があった優花先輩が、痛々しいことになってしまったアルベルトを指さしている。
「……このまま放っておくわけには行かないんだがな……」
 素っ裸の男を抱えて歩く趣味は俺には無いが、まさか女の子達に担がせるわけにも行くまい。
「とりあえず、素っ裸なのは何とかしないと……」
 わりあい暖かい気候をしているこの島ではあるが、季節はまだまだ冬まっただ中である。さすがにこのまま放置しておくと風邪では済まされないだろう。
「それじゃ、わたし保健室から毛布とってくるよ〜」
 そういって優花先輩は、俺が返事をするよりも先に、校舎へと小走りで向かっていった。
「どうかしたの?」
 入れ替わりに少し離れてボガードを説教していた学園長が戻ってきた。
「いや、アルベルトが倒れちまったので、どうしようかと……」
 ちなみに、セーラは嫌悪感を包み隠さずの丸出しで顔を背けているし、エマの方もさすがに直視する気はないらしく、明後日の方向を見ている。
「仕方がない……優花先輩が毛布持ってきたら、俺が担いでゆくか……」
「あら、そんなの……ボガード、よろしくね?」
 学園長が後ろで盛大に凹んでいるボガードを軽い口調で促した。
「な、なんじゃと!? なぜわしがそんなのを担がねばならんのじゃ!?」
 当然の如く、猛烈に抗議するボガードである。
「学園内で倒れている学生を助けるのは教師の役目よね?」
「ぐぅ…… こ、小僧……貴様のせいじゃぞ……」
 ボガードが恨みがましく俺を睨むが、俺はそれを意に介せず、
「自業自得だろう」
 と、一言で切り捨てる。いつまでもスケベ爺を相手にしているほど俺は暇人ではない。
「さてと、俺はアルベルトの制服を拾いに行ってくるか……」
 ちなみにセーラと優花先輩の手当もあって、身体から傷や痛みはもうほとんど無くなっていた。
「あー、わたしも行く〜」
 世界樹の方に向かおうとする俺にエマがついてこようとする。
「そういえば、ボガード先生のラピス、どこに飛んでちゃったんだろう?」
 エマは、倒れたアルベルトをどうやって運ぶか思案しているボガードの肩を見ながら言った。
 俺の手の中から緊急脱出を実行した戦闘機の座席よろしく、真一直線に飛び去ってから姿を見ていない。
 普段ならもうボガードの肩に戻ってきても良さそうなものだが。
「ワシのラピスじゃと…… ほれ、あそこにおるわい……」
 ボガードの爺は疲れた声で呟きながら、少し離れた木の枝を指さした。
 その枝の上に鷹型ラピスが留まっているのだが、あからさまに怯えている気配がこちらまで伝わってくる。
 人間なら青筋立てて、震えている……と言ったところか……
「さっき小僧に捕まえられてからというもの、身の危険を感じるようになってのう…… すっかり小僧に怯えるようになってしまったわい……」
 正に踏んだり蹴ったりとはこのことだろう。まるっきり自業自得には間違いないのだが、ここまで酷いとさすがに同情の念を覚える。ほんの微かにだが。
「あ〜ぁ、本当にいろいろと、とんでもないことになっちゃったわね……」
「……騒ぎの張本人が何を言うか?」
「だってしょうがないじゃない、わたしの意志じゃなかったんだし…… それでも、まあ一応魔法は使えるようになったみたいだから結果オーライということで……」
 エマはスカートのポケットに入れていた、その自慢のラピスを取り出そうとした。
「あ、あれ……?」
 エマの顔色が青く染まる。それも見事なくらいの蒼白に。
「……どうかしたのか?」
「ラ、ラピスが……な、ない!? さっきまでこのポケットの中にあったのにっ!」
「なんだって!」
 エマは慌てふためいて、ポケットの中の奥深くまで手を突っ込んだが、その顔からは手応えがあったようには見られない。
 落としたとしても、一体どこに……
「あ……これは……」
 他のポケットも確認していたエマが、手のひらを反して俺の前に差し出した。
「これ、世界樹の実じゃないか……」
 それは紛れもなく、昨日世界樹から落ちてきた世界樹の実そのものであった。
「ラピスの代わりに、ポケットにこれが入っていたの……」
「まさか、ラピスが世界樹の実に戻ってしまった……ということか? そんなことあるのかよ……」
「残念ながら、あり得ない話じゃないわね」
 深刻そうにしている俺たちのところに、学園長が近寄ってきた。
 学園長は、エマの手の中にある世界樹の実にそっと指を触れる。
「この実からはまだ魔力を感じるわ、これは先ほどまでラピスだった実に間違いないと思うわね」
 学園長はいつものように腰に手を当てながら、難しい顔をして言葉を続ける。
「ラピスはその所持者が亡くなったり、魔力を失ったりした時、元の世界樹の実へと戻ってしまう場合があるのよ。ねえ、ボガード」
「うむ、まあな……」
 明後日の方を向いているボガードは、どことなくばつの悪そうな頷きを声のみで返した。
「そんな! じゃあエマの魔法の力は……!」
「大丈夫よ、エマさんの場合、一度に強い魔力を放出してしまった反動で一時的に魔力ゼロの状態に陥っているだけだと思うから、まだ若いのだし、しばらくすれば元に戻ると思うわ」
「そ、そんな……」
 学園長の言う希望の言葉も、すっかり意気消沈してしまったエマにはなんの慰めにもならず、肩を落としてうなだれていた。
 あれだけ喜んでいたのに、最後にこれでは何を言って慰めていいのか、そのときの俺には見当も付かなかった……



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