Emergency 

  (Whirlpool制作『MagusTale 〜世界樹と恋する魔法使い〜』より)
                     風野 旅人(tabito@din.or.jp)

5.CRITICAL



「な、何とか園庭まで来たけど……」
 大爆発してしまった優花先輩から逃げ出した俺たちは、エマが最後にボガードの爺を見かけたという校門前の園庭までやって来た。
「だ、誰もいなさそうだな……」
 不幸中の幸いか、今のところセーラや学園長、優花先輩の他には被害にあったという人は見かけなかった。
 あの鳥が撒き散らす粉を浴びなければ、その効果は無さそうなので1回の効果範囲は狭いようである。
 まあ、鳥は空を飛んでいるのだから、その分思いもよらぬところで効果を発揮していそうだが……
「ボガードの爺、どこに行ったんだ……?」
 さすがに全力疾走を何セットもしていたので、多少上がっていた息を整えながら俺は園庭を見渡す。
「どこいっちゃったんだろう……?」
「いっつも余計なところで現れて、セクハラ紛いな事ばかりしている癖に、肝心なときに限って現れないとか、ホント使えねぇな……」
 いないことを良いことに言いたい放題な俺である。
「う〜ん、そろそろ魔法時間も終わるはずだし、それを待っていた方が安全な気もするけどね」
「それもそうだな…… どちらにしろ、このエマの魔法の効果がちゃんと切れるかどうかの確認がとれた方がいいだろうしな」
 何せ本人が意図していない状況なのである。何が起こっても不思議では無いことを鑑みても、魔法時間の終わりという節目を待った方が状況が好転する可能性は十分考えられるのだが。
「はぁ〜ぁ。ホント、どうしてこんな事になっちゃったんだろう……」
 さすがのエマも参り気味のようであった。
「元気出せよエマ、最初からうまく行くヤツなんていやしないだろうし、結果はどうあれ、これだけ凄い魔法が使えるなら、これからが期待できるだろう?」
 月並みな励ましだが、今の俺に言えるのはこれくらいしかなかった。魔法の使えない俺に言われてもあまり説得力無いだろうけど、それでも応援はしたいのは事実だしな。
「う〜ん、ありがと、大樹」
 エマは大きく背伸びをしてから、俺に微笑みを返してきた。少しは元気になったかな……?
「とりあえず、ボガードの爺は見つからないようだし、学園長のところに戻るか……」
 などと、並んで園内をボガードを探して回りながら話していたのだが……

「ふっ、ワシならここにおるぞっ!!」

 そのとき、俺たちの頭上から何者かの声が大音響で響き渡る。
「誰だ!?」
「誰!?」
 見上げた先には、肩に何かを乗せた人物が校舎の屋上から俺たちを見下ろしていた。
 遠目なので顔はよく分からないが、姿形から若い男のようである。
「ワシが分からぬか、まあそうじゃろうな! 見よこの華麗なる飛翔を!! とぉぉぉーーー!」
 その男は自分勝手に納得して、どこぞのヒーローよろしく、いきなり校舎の屋上から飛び降りた!
 しかし、垂直方向に急加速するわけでもなく、腕組みしたままスーっと流れるようなスピードで地面へと降り立つ。
 スタっと地に足をつけたその男だが、その顔は俺には全く見覚えがないヤツだった。
 年の頃は俺たちと大差ないだろう、スラッとしたスマートな体格にニヒルな笑みを貼り付けていたりする。
 そのスマートさを象徴するかのような、身軽なデザインの魔法服を身にまとっており、その顔もすれ違った大抵の女性が十分振り向くに値するくらい美形ではあるが……
「……ねえ、大樹……」
「どうかしたか?」
「うまく言えないんだけど、どこかで感じたことがある雰囲気を感じるんだけど……あの人……」
 どことなく不安そうな目でその男を見つめるエマ、しかし、少なくとも学園内での俺たちの知り合いでこんなヤツはいないはずだ。
「まだワシが分からぬか!? そうじゃろう、そうじゃろう! この美青年のワシの姿では、いくらおぬしらの野性の勘でも見破ることは不可能じゃろうなっ」
 不審そうな顔を並べている俺たち対して、その男のテンションは絶好調のようである。
 少なくとも向こうは俺たちのことを知っているのは間違いないようだ。しかし、野生の勘とか何気に酷い言われような気がするぞ。
「ちっ、まだ分からんのか、仕方がない。来い!」
 その男は、首をかしげる俺たちにしびれを切らしたのか、忌々しそうに指をパチンなどとならした。
  バサバサ……
 羽音が空から降りてくると、その男の肩に留まったのは鷹であった。
「鷹……!? ま、まさか!?」
 俺たちが今巻き込まれている事象が何であったかを思いだし、そしてその結果が目の前にいるのである。
「ボ、ボガード……先生……!? うそ……」
 エマも自分の目を擦りつけながら疑いのまなざしを向けていた。しかし、懸命にいくら目をこすっても、この幻覚は消えそうにないようだ。
「エマ……残念ながら、目の前にいるヤツは夢でも幻でも無さそうだぞ。ちゃんと俺にも見えているからな」
 この微妙なテンションで気が付かなかったのは不覚だった。俺自身もこの見た目に騙されていたということに他ならないだろう。
 そう、この見た目から絶対にあり得ない可能性を無意識に否定していたのである。
「あのスケベ爺の若い頃がこんなんだったとは、さすがに誰も予想はできないぜ……」
 学園長の若い頃がセーラとそっくりだったというのはまだ納得しようもあるが、あの女子学生の尻を追いかけまわすしか能が無さそうなドスケベ教師ボガードの若い頃がこんな美形だったというのは想定外もいいところだろう。
 それにしても、この外見が若返る魔法、いくらなんでも(さかのぼ)る効果に個人差がありすぎだろ、これ。
「そう、その通り! これが新たなるワシの姿じゃ!」
 そう無意味に胸を張って宣言するボガードであった。
「…………………なんか、無駄にテンション高くなってるんだけど……ボガード先生……」
「まあ、気持ちは分からなくも無いけどな…… いきなりヨボヨボの爺から若返ったりしたんだし……」
 不安というか、何か痛々しいものを見る目をしているエマ。
「見よ! このフサっフサっの髪を!」
 ボガードは右手でその黒い髪を掻き上げて風に流した。実に様になるのが癪なくらいであるが。
「これでメイド喫茶に行っても、メイドさんに逃げられたり、店を追い出されたりしないはずじゃっ!」
 コイツ、メイド喫茶に入店禁止になったことをやっぱりまだ根に持っていたようである。
「……メイド喫茶? 大樹、何なのか知ってる?」
「ああ、ウェイトレスの女の子がメイド服着て給仕してくれるという喫茶店のことだ」
 それをあのアルベルトが黒幕になって、この島に作ったということは後で説明することにする。
「それって嬉しいの男の人は……?」
 エマが訝しげな顔で首を傾げている。まあ、コスプレとかの概念が無ければ当然の反応だと思うが。
「極一部の偏った趣向を持つ人間から絶大な支持があるらしいぞ」
 俺は日本にいた頃にもその手の喫茶店に行ったことは無いから詳しいことは知らんけど、好きなやつは毎日のように通うらしいな。
 まあ、最近はメディアで取り上げまくられた反動で、普通の一般客の方が増えているらしいとはどこかの雑誌かなんかで読んだ覚えはあるが。
「いやむしろ、メイドさんたちがこぞって給仕に来てくれるやもしれんぞぉ!!」
 あんまりにも普段……いや、普段の5割り増しくらいのボガード節丸出しの言葉に、俺は少々切ない気分に追いやられた。
 美青年と自称しているだけあって、見た目がかなり良い線をいっているにもかかわらず、中身がそのままであるのだからその残念さ加減は計り知れない。
「これで……これで! ワシもモテモテ間違いなしじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 『モテモテ』のところに、小節を利かせたようなみょーなアクセントをつけ、欲望の権化と化して叫ぶエロ爺。
「……大樹……」
「なんだ……?」
「ものすご〜〜〜く、あのボガード先生にデジャビュを感じるんだけど……」
「……言うな、俺にも分かっている」
 デジャビュ……日本語では既視感というらしいが、『既に視た感じ』というそのまんまな漢字が当てはめられているわけである。今この目の前にいる若ボガード、正に見た覚えがあるのは間違いない。
 見た目は美形、だが中身はとんでもないエロ野郎。これに当てはまるのは我らが三馬鹿の一角、たとえ赤ん坊と化してもそのスケベ心なお衰えずなあのアルベルトが思い当たったのは、極めて自然なことだろう。
「はぁ……外見がよくても、中身があれじゃ……アルベルトの二の舞が関の山な気がするわよねぇ〜〜……」
 エマがため息混じりに呟いた。……って、エマ、お前わざとやっているだろう!?
「な、ななな、なんじゃとぉぉぉ!!」
 案の定、耳ざとくエマのその致命的な一言を聞きつけたボガードがいきなり激昂する。さすがにアルベルトと同格とされたのはなけなしのプライドが許さなかったか。
「こ、小僧! 相変わらずいい度胸しておるなぁ!」
 鋭い眼光で俺を睨めつけくるボガード。端から見たらえらく様になっているはずなのだが、怒りの内容があんまりにもあんまりなので、全然格好良くない。
 ……というか……
「ちょ、ちょっとまて! だから何で俺が喧嘩売ったことになってるんだ!?」
「決まとるじゃろうが、お前のような小僧いざ知らず、このジェントルマンなこのワシが婦女子に手を上げるなんて出来るわけ無いじゃろう!」
「ああ、そういうことか……じゃねぇ! てめえ、俺のことを攻撃する気満々、ということかよ!!」
 なんて不条理なヤツだ。腐っても教師だと思ってはいたのだが、やっぱりただの変な爺というのは揺るぎない事実のままであったようだ。
「当たり前じゃ! そもそも、いたいけな女子を取っ替え引っ替えしている貴様のような非道の悪党は、このあたりで成敗しておく必要があるからのう!」
 ボガードはビシっと俺を指さし、格好良く決めているつもりなんだろうが、言っていることは単なる妬み以外の何物でもないので、実際には滑稽さだけが際だっているだけであった。
「……う〜ん、確かにそーよね〜 大樹は会うたんびに違う女の子といるし……アリシアにセーラに小雪ちゃんに優花先輩にレナニナちゃんに……、他にも学園長ともミレーヌ先生とも仲が良いし……、…………なんか、妙に腹立ってくるわね…………」
「おいこらエマ! お前どっちの味方なんだよ!?」
 いきなりエマがこの若ボガードの戯言に迎合するようなことを言い立て始めたので、慌てふためく俺。
 エマも困った顔をしながら、
「とーぜん、大樹の味方なんだけど、この件についてはね…… あ〜ぁ、どうしてこんなヤツにわたしが……」
 などと、頭を掻いて口を尖らせていた。
「……どういう意味に取ったらいいか判断に迷う答え方するのはやめてくれ……」
「今は……まだどうにでもとれる言葉として受け取っておいて欲しいかな? まあ、予約ということで」
 ……え〜〜、それはつまり……
「こ、こここ、小僧! このワシを無視していちゃついているとは……ふざけるのも大概にせんかっ!」
 あ〜、向こうは完全にそっちの意味で受け取りやがったぞ、まあ、ボガードのスケベ爺ではそっちにしか思考が行かないのは無理もないが。
「もはや一片の慈悲も必要ないじゃろう! ここで因縁の決着をつけてやるわ!」
 ボガードの爺はフトコロから、いつも着用に及んでいたグラサンを取り出すと、
「戦闘モード! ライトニングボガード!! 見参!」
 などと叫びながら装着し、決めポーズを取っている。
 ……この魔法世界にも特撮ドラマとかあったのか疑いたくなるような台詞なんだが……
「なあ、エマ。魔法世界にも特撮って存在してんのか?」
「とくさつ? 何それ?」
「若いにーちゃんねーちゃんが、魔法服みたいな変わった服着て、格闘したり、重火器ぶっ放すドラマだ」
 一部誤解を招きそうな表現が混じっているが、子供の頃に見た程度で詳しく知らない俺にはこの程度の解説くらいしか出来ない。
「……元々は無いわね。こっちの世界に来たときに外から入ってきた映画で、そういうのを知ってる人はいるかもしれないけど……」
「行くぞ! 小僧!」
 若ボガードが無駄に気合いを入れた叫びを上げる。
 そして、ボガードの肩に乗っている鷹型のラピスの双眸(そうぼう)が閃いたのが垣間見えた。
「エマ、魔法が来るぞ! 早く逃げろ!」
 俺は素早くエマから離れ、たとえ火球が炸裂したとしても大丈夫な距離を取る。今の俺なら運悪く直撃を食らったとしても問題はないからだ。
「ふんっ、アーティカルバイス!」
 魔法を起動させる時に、頻繁に使われる言葉がボガードの口を突く。
 炎か? それもと雷か!?
 しかし、魔法が飛んでくることは無かった。しかも、ボガードの鷹はこちらではなく正反対の後ろを向いていたのだった。
「ひっさぁーーつ! ボガード・ダイナミィィィィックゥゥゥゥゥ!!」
 握りしめた拳をこちらに向けながら、ボガードが特撮ドラマそのまんまな台詞を叫ぶ。

  ゴォォォォーーーーーーー!!

 肩に乗っている鷹型のラピスから、ガスバーナーの炎を大型化したような火炎が噴射され……
「な、なにぃーーーー!?」
 気が付いたときには、ボガードの拳が眼前に迫ってきていた。
 俺はとっさに身をかがめて横っ飛びし、庭木に突っ込みながらも何とかその拳を避けることが出来たのだが、

  どごぉぉぉん! ブォォォォーーーー!

「うぷっ!」
「きゃあっ!」
 轟音と突風が吹き荒れ、俺は庭木に押しつけられる。少し離れたところにいたエマもスカートの裾を押さえながら、風に耐えていた。

  がらがらがら……

 一瞬遅れて何かが崩れ落ちてゆく音が伝わってきた。
「ちぃっ…… はずしたかのう……」
 視線を起こすと、崩れ落ちる石像に拳を打ち込んでいるボガードの姿が映った。
 崩れ落ちている石像は、日本の古い学校にはよくあると思われる、薪を満載した背負子を背負って本を読んでいる、損しているのか得しているのか分からない名前の像である。
 おそらく学園長が建てたものだと思うが、魔法学園を称するミッション系な校名とデザインしている校舎には、この像は極めて似つかわしくない。
 そんなことより、今のボガードの攻撃は一体……
「どうじゃ、驚いたじゃろう! この若い肉体なら再び可能だと思っておったが…… これなら魔法の効かぬおぬしにでも間違いなく効果があるじゃろうて!」
 肩に乗っている鷹型ラピスからは残り火のような炎が絡まっているのが見える。
 そうか、ボガードのヤツ、ラピスから高出力の炎を噴射させて、さながらロケットブースターを背負ったようにして突撃する技を使ってきたのか……
 遅れて飛んできた風圧は、戦闘機のように高速で移動する物体から放たれるという衝撃波だったんだろう。
「ただ単に雷や炎を出すだけが、攻撃のための魔法ではないぞ!」
 などと言い放つボガードであるが、それにしても魔法授業などで普段から『魔法は応用力』みたいなことを言ってやがったけど、これはこれでアリなのか?
 確かに、これなら普通の攻撃魔法の類が効かない俺にも効果があるだろうけど……って……
「おい、ボガード! なにばらしてやがるんだ!」
「おっと、しまった…… なあに、聞いているのはそこのエマくらいじゃろうて、さほど気にする必要はあるまい」
 いつもならこの手の話題は深刻そうに扱う癖に、若ボガードになってその辺りのネジすらも緩んでいるんじゃないのか!?
 理由はまだ分かっていないが、俺には回復魔法などを除く、主に攻撃魔法の類が通用しない。これが分かったのは世界樹祭の最終日、セーラの暴走した魔法に直撃された時だった。
 このことを知っているのは当事者であるセーラと学園長、ボガードくらいである。無用に喧伝することは妙なトラブルに巻き込まれると判断していたからである。
 ……そもそも、今のところ分かっているのが、元素型攻撃魔法が効かないらしいというくらいであり、他の魔法は効果を示す可能性がゼロではないのだ。単に魔法が効かないということだけが広まったりすれば、絶対、的に使おうというお馬鹿な学生が出てきかねない。
 射的の景品になる気はさらさら無い俺が、魔法時間になると人気のないところにいるようになったのは、このためだったのだ。
「ま、魔法が効かない…… じゃあ、大樹が魔法の素質が一欠片もないっていうのは……」
「……魔法の効果を持つものに対して、その力をキャンセルすることによる耐性があるらしいということと、それの影響か世界樹の実がラピス化出来ずに砕け散ったりすること……つまり、素質があるかどうかすらよく分からない……というのが正確なところだな……」
 それでもしっかり回復魔法だけは効果を示すのだから、その適用基準のいい加減さがこの能力の困ったところだ。
 今回、エマの魔法と思われるこの若返りの現象が、俺にその効果がないのはこれが原因だったのだろう。
「小僧! 何をぼさっとしとるか、まだまだ行くぞ!」
「って、そもそも、今はこんな事をしてる場合じゃないだろう! この若返りの現象を何とかしなくてもいいのかよ!?」
「ふんっ、貴様に制裁を加えるのが先じゃ!」
 くっそぉ、ボガードの爺め、やっぱり若返った反動で頭のネジが完全に壊れてしまったようだ。
 それに加え、もとより爺の癖に体術にやたらと長けていた節があったが、これが若返ったお陰でさらにパワーアップしているようである。
 爺の時でさえ、俺と良い勝負だったのだ。若返った今のボガードにかなうとは到底思えない、しかも向こうは魔法で攻撃力を増強しているのだ。
「次なる技はこれじゃ!」
 右腕を力強く振り上げるボガードの叫びとともに、再び鷹型ラピスがロケットさながらの噴煙を上げ、今度は垂直上昇し始めた。
 俺たちの頭上を校舎の二倍くらいの高さまで上昇したボガードは、一旦その場で停止し……
「ワシの魔力がビートを刻む! 秘技、ボガード・クラァァァァッシュゥゥゥゥ!」
 肩に乗っている鷹ラピスが今度は上空に向かって、炎を吹き上げ……急速降下してきた!?
 や、やべぇ!?
「エマ、身構えろ!」
「えっ!? な、なに!?」
 間に合うか!?
 俺はとまどうエマを抱きかかえて、コンクリート敷きの路面から、園庭の芝生の上にダイビングをかました。

  ドグゥゥゥゥゥーーーーン!

 身体が園庭の芝生の上でバウンドしたことを感じた瞬間、俺が今までいた場所の近くで爆音が炸裂する。
「げ、ゲフォ、げふぉ……一体なんなの……」
 土煙にむせたエマが顔を上げた。
「シャ、シャレになってねぇ……! 俺たちを本気で消し飛ばす気か!? あの爺!」
 エマを押し倒す格好になっているが、こんなので一々顔を赤らめたりするような俺とエマではない。
 俺たちは即座に起き上がり、未だ土煙に覆われている落下地点に目を凝らすと、そこには直径5メートルのクレータが出来上がっている。
 地対地ミサイルの次は、衛星落としかよ!?
「さすが小僧、逃げ足だけは達者ときておるな……」
 そのクレータを作り上げた張本人は、既にクレータの縁で腕組みなんぞしながらピンピンしてやがる。
 この頑丈さはいくら何でもありえねぇ! いくら魔法を使っているからとはいえ、素手でコンクリートを陥没させてクレータ作るなんて物理限界越えているだろうこれ!
「だ、だいたい、これが魔法使いの戦い方かよ!?」
「まあ、このわしの戦い方はわりと亜流じゃな。何せ、昔戦いに明け暮れていた頃は、お主のように魔法が全く通用せん相手というのも僅からながらおったしのう」
 ボガードは顎に手を当てながら言った。髭があれば、いつも通り手で()いていたことだろう。
 旗色は悪いとかそういうレベルじゃない。こうなったら取る手はただ一つだ。
「……エマ」
「ええ」
 俺とエマはうなずき合うと……
「逃げるが勝ちだ!」
 急旋回で回れ右し、脱兎の如く駆け出す俺たち。こんな化け物、真っ正直に相手にしている場合じゃない。
「ぬぅ!? 逃がさん!」
 俺たちが走り去った場所に再び轟音が響き、新たなるクレータが出来上がったようである。

  ドグゥゥゥゥゥーーーーン! ドグゥゥゥゥゥーーーーン! ドグゥゥゥゥゥーーーーン!

 逃げ回る俺たちの後ろでいくつもの爆音が重なり、もはやいくつのクレータが出来ているのか数えることも出来ない。
 未だにクリーンヒットしないところを見ると、学園内1・2を争う体力馬鹿二人の逃げ足にはさすがのボガードも的を絞りきれないようである。

  ドグゥゥゥゥゥーーーーン!

 またもボガードの技が炸裂した轟音が真後ろで響いたのだが、
「うぐっ!?」
 鈍い衝撃が背中に伝わると同時に、そこから激痛が体中に走り、俺はその場にうずくまってしまった。
 恐らく、炸裂した瞬間に飛んできたコンクリートの破片が当たったのだろう。
「だ、大樹!? し、しっかりして!」
「ほぉ〜ほほほ、遂にとらえたぞ!」
 俺に駆け寄るエマと上空から高らかに叫ぶボガードの声が同時に伝わってくる。
「とどめじゃ! 吹き飛べぇぇぇ! こぞぉぉぉぉぉぉぅ!!」
「まずい! エマは早くここから離れろ!」
 俺はうずくまったまま、エマを促した。ここにいては間違いなく巻き添えを食う。俺は頑丈だから多少のダメージを受けてもなんとか耐え切れそうだが、エマはそうも行かない。
「ボガード・クラァァァッシュゥゥゥ!!」
 律儀に技名を叫びながら、ボガードの爺はお構いなしに技を放って来やがった。
「だ、大樹ぃぃぃぃぃぃ!!」

  キィィィィィィィーーーン!

 エマの叫びとともに、光り輝く何かが俺と急降下してくるボガードの間を凄まじいスピードで駈け抜けていった。
「なんじゃ!?」
「あれは……!」
 地面に拳を突き立てるタイミングを逸したボガードは、そのままゆっくりと地面に降り立つ。
 これは……
「エマのラピス……」
「なっ!? せ、生物形態のラピスじゃとぉ!?」
 俺たちの前に飛び込んできたのは、エマの発現したラピスである、白い光を帯びた鶴みたいな鳥型ラピスであった。
 それを見たボガードが驚きのあまりその動きを止める。まあ、いきなりラピスが発現した上、それが生物形態だったのだから驚かないはずはない。
 それにしても、一体どこに行っていたんだコイツ……
「え、助けてくれるの……?」
『グァーーーーー!!』
 鳥はエマを守るように翼を広げ、その問いに一鳴きで答える。
 その鳴き声に呼応するかのように、エマからは魔法の使えない俺にも感じ取れるくらいの相当強い魔力が放たれはじめていた。
「それじゃあ、行くわよ! アーティカルバイス!!」

   フォォォォォォォォォン!

 その言葉を合図に、エマから放たれている膨大な魔力光とおぼしきオーラが、その鳥のくちばしの先で巨大な魔力の固まりへと形成された。……のだが……
「で、でけぇ!?」
「なんじゃ!? この強大な魔力の高まりは……!」
 その大きさはセーラが以前作り出した火球なんて足下にも及ばない、薄い紫色を帯びた巨大な光の弾がエマと鳥の目の前に居座る。
「いけぇぇぇぇぇぇ!!」
 エマの掛け声とともに光球がボガードに向かって駈け抜けてゆく。
 そのスピードもさることながら、弾道下にある地面をえぐり取りながら突き進むその威力はシャレになっていない。
「こ、こんな中途半端な制御しかされていない魔力球なんぞ弾き返してくれるわ!」
 迫り来る強力な魔力弾を前にして、ボガードは自分の掌を突き出して叫ぶ。
「その昔、『閃光の魔法戦士・ライトニングボガード』の異名をとったこのワシにかなうと思ってか!」
 あり得ないほど偉く大層な異名である。しかも、どう聞いてもやっぱり特撮ものに聞こえるのだが、昔から魔法世界にはこのようなネーミングセンスが存在するのだろうか?
「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 全身に力を溜め込むような体勢をとると、またしても新たなる技なのか、普段は肩に乗っている鷹ラピスが今度は腕に止まり、その腕の掌手をボガードは魔力球に向ける。
 ボガードが掌手を突き出すと同時に、ラピスから螺旋状の炎が射出された。
「風と炎を収束させた噴射を用い、高出力の推進力を得ることによって強力な掌手を放つこの技をとくと見よ!」
 わざわざ解説を入れるところからして、ボガードとしても自信のある技なんだろうが、それって所謂手のひらを開いたロケットパンチの亜種じゃないかと思ったぞ。
「奥義! ボガード・ライトォォォニングゥゥゥフラァァァッシュゥゥゥゥ!!」

  ドグゥゥゥゥン!

 エマの魔力とボガードの技との衝突によって生み出された衝撃が、地響きを伴って辺りを包む。
 ボガードは高加速を得た掌手でエマの巨大な魔力弾を押さえ込んでいる。
「ぐぅぅぅぅぅぅ! なかなかやりおるわい!」
「と、鳥! わたしのラピスでしょ!? 頑張りなさい! わ、わたしも……わたしも、もっと……もっと頑張るから!!」
 余裕の笑みすら浮かべているボガードに対して、ラピスを鼓舞しながらエマも魔力弾への魔力の供給を続けて応戦するが、如何せん出力に違いがありすぎた。
「や、やっぱり、付け焼き刃じゃ駄目かな……」
 次第に魔力弾の推進力が落ちてきている、このままではエマの方に魔力弾が押し返されてしまうだろう。
 何か手はないか……!?
 そのとき、ボガードの腕に留まって炎を噴き出し続ける鷹型ラピスが目に映った。
「エマ! もう少し耐えてくれ!」
 俺は背中にある痛みを堪え、ボガード目掛けて猛然とダッシュをかける。
「何をする気じゃ!?」
 ボガードは魔力弾を弾き返そうとして動きが止まっている。このスキを逃すつもりはねえ!
「こ、こういうことだぁぁぁ!!」
 俺は魔力弾を押さえ込んでいるボガードの腕の下をくぐり抜け、鷹ラピスの口を素手で押さえ込んだ。
 ラピスから吹き出している強力な炎は、俺の手の中であっけなく消え去る。
「ば、馬鹿なぁぁぁ!?」
 本来、これだけの高出力を伴った炎に触れたりしただけでも弾き飛ばされそうなものだが、俺の魔法を打ち消す能力を用いればたちまち消え去ってしまう。
 俺はそのまま鷹ラピスをつかみ取り、ボガードから引き離す。思ったよりもあっさりととれてしまったため、俺はすっぽ抜けるように思いっきり地面に転がってしまった。
 そして、推進力を完全に失ったボガードは魔力弾を押さえきれず…………
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!?」

  ドゴォォォォォォォォォォォォーーーーーン!

 エマの魔力弾に激突されて、巨大な火柱に包まれる。
 かくいう俺も爆風に弾き飛ばされて、地面をごろごろと転げる羽目になったが。
「や、やったぁ……」
 魔力弾が消え去った後、エマがその場にへたり込んでいた。
「す、すげえぞ……エマ……」
 俺はボガードのラピスを抱えて起きあがる。
 先ほどまでボガードが立っていた場所には、巨大なクレータが口を開けていた。ボガードがある程度押さえ込んでいただろうから、威力がそれなりに落ちていただろうが、それでもこれだけの破壊力とは恐ろしい……
『ピ、ピィピィピィーー!!』
 突然、俺の腕の中で鷹ラピスが、その姿にまるで似つかわしくない、ヒヨコのような叫びを懸命に上げて暴れ出した。
「どうしたんだ? コイツ……」
 俺とエマが顔を合わせて首を傾げていると、
「い、いかん! 小僧、ラピスを離せ!」
 いつの間にかクレータから顔をのぞかせていたボガードが叫ぶ。やっぱり、コイツ生きていたか。
「そのラピス、なんか苦しそうにしてるように見えるんだけど……」
 確かに酸素を求めて暴れる動物みたいにも思えるが、別に首を絞めていたりしないぞ、俺は。
「小僧! 貴様ワシのラピスを破壊する気か!?」
「……あ゛っ……」
 必死のボガードを見て、あることに思い当たる。
 俺の魔法消去能力は、かなり頑丈といわれている世界樹の実をあっさり打ち砕く。発現していないラピスをアクセサリ越しに触れる程度ならいざ知らず、発現状態で膨大な魔力を帯びているラピスに俺が直接触れたりしたら……
 俺が手を緩めると、ボガードの鷹ラピスは『ピィーーーーーー!』という悲しい鳴き声を残して、恥も外聞もなくどこかへ飛び去ってしまった。
「ふぅ…… 危うくラピスを失うところじゃったわい……」
 さすがのボガードもやつれた顔をのぞかせた。やっぱり高名な魔法使いと並び称されているボガードといえども、ラピス無しになるのは勘弁願いたいといったところか。
「あ…… ラピスが……」
 俺たちが見ている前で、エマの鳥ラピスが次第に光りを失ってゆく。
 その姿が消えた後、エマの手の中にバイオレットフローライトの輝きを持つあの石があった。
「ありがとう、力を貸してくれて……」
 エマは自分の元に戻ってきたラピスを軽く握りしめると、その胸に抱く。

 そして……

   リンゴーン…… リンゴーン……

 魔法時間が終わる……



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