Emergency 

  (Whirlpool制作『MagusTale 〜世界樹と恋する魔法使い〜』より)
  
                     風野 旅人(tabito@din.or.jp)

4.ERROR


 学内を走る俺たちは、まだ冬も開けてないこの時期から色とりどりの花々が咲く花壇のある中庭に差し掛かった。
 この花壇の花は、お互い譲り合うかのように咲き、『互いに咲き誇る』といった感じがしないのは、世話をしている人との人柄がよく出ていると思う。
「あ〜〜! 大樹君〜!」
 花壇の間を通り抜けようとしたところで、知った声によって呼び止められた。
 この声は……
「あれ、優花先輩じゃない?」
「優花先輩?」
 声の方に振り向くと、この花壇の世話をしている一年上の先輩こと、九条優花先輩が腕をブンブンと大きく振りながらこちらに駆け寄って来る。
「だ、大樹君〜! 大変なことになったよ〜!、ど、どうしよう〜!?」
 今にも泣き出しそう……いや、すでに目の縁に涙を溜め込んで、半泣き状態になっていた。
「ど、どうかしましたか!?」
 ぱっと見た感じ変わった様子は見受けられない。特にエマの正体不明の若返りの魔法(?)の影響を受けているわけでも無さそうなのだが。
「しょ、小学生くらいに若返っちゃったんだよ!」
「……………………」
 俺は身じろぎすら出来ずに硬直した。
 思考回路が叩き壊れそうな衝撃の発言である。が、ここで操舵を間違えると取り返しのつかないことになるので、俺は岩礁と氷山に自然防衛されている港を目指す船の気持ちになる。
 元から小柄な体格をしている先輩なのだが、本人はそのことをかなり気にしている節が度々感じられるので、その手の話題となると発言には非常に慎重な注意が必要になるのだ。
「ほら、制服がぶかぶかになってるんだよ……」
 力のない口振りで目元に溜まった涙を袖で拭き取りながら、その袖を反対の手でつまみ上げる優花先輩。
 その仕草も、どうも子供っぽく感じるが、当然ながらそんなことを言及することはできない。
 だが、そのブカブカになった範囲も、せいぜい数センチといったところであり、正直誤差の範囲とも言える。
 ……しかし、「見て分からない?」とか聞かれなくて良かったぜ……聞かれていたとき、馬鹿正直に「分からない」と答えていた可能性が間違いなくあった。
 それが巨大な罠だったことも知らずに……
「……そうですか…… ところで、セーラや学園長も同じように若返ってましたよ」
「セ、セーラちゃんや学園長が!?」
 素っ頓狂な声で驚く、優花先輩。
「セーラなんて幼稚園生くらいになっちゃったし、アルベルトなんて赤ん坊にまでなっちゃったわよね」
「そうそう」
 エマの言葉に頷きながら、俺は先輩の顔を伺う。どうやらやり過ごせそうである。
「学園長たちが若返ってしまった人を探していますから、ここから裏庭の方に行ってみるとよいですよ」
「うん、分かったよ……」
 ……俺は実に当たり障りのないことをしゃべってその場を誤魔化した。
 下手な台詞は墓穴を掘る可能性が高い、この場はさっさとやり過ごして、立ち去った方が良いだろう。
 だがそのとき、俺のその涙ぐましい努力を無に帰すヤツが隣にいることを失念していた。

「でも、セーラとかと違って、先輩はあんまり見た目変わってませんねぇ〜」

 そのとき、周囲5メートルの時が凍り付いたように止まった。実際身体の芯から湧き出たような寒気を感じたのは気のせいでは無かったと思う。
 これ以上無いくらい非常にピュアな感想を述べたエマだが、それはジャックポイント、大当たり、スリーセブン、凶悪な対人地雷、フォロー不可能。
「そうだよね…… そうなんだよね……」
 あ、優花先輩の顔に闇が差し込んだ。
「……せ、先輩?」
 俺が50本並べた針すら通す慎重な操舵で華麗に岩礁をすり抜け、巧みな海流予測で氷山をやり過ごしたというのに、エマ砲手長は弾薬過積載の火薬庫で火炎放射器を着火して振り回すような真似をしてくれた。
「こ、ここ数年ね、見た目が全然変わっていないんだよね…… 親戚の子に会うたびに『変わっていないね』って言われるし…… ふ、服のサイズも何年経っても同じなんだよ……」
 ああああ、やばい、優花先輩がブラックモードに突入している。
 その小さな背中からドロドロとしたどす黒いオーラが漂っているのが、魔法の使えない俺にすら感じ取れた。
「でもいいんだよ! サイズ変わらないなら、いつも採寸しなくてもお洋服買えるし、何年経ってもわたしを追い抜いてゆく親類の子からのお下がりをいっぱいもらえるんだよ!」
 いや、それってお下がりじゃなくて、『お上がり』なんじゃ……などと思ったりもしたが、さすがに口に出すのは(はばか)れる。
「むむむむ、胸も無いから服選びに困ったりもしないんだよ。いいでしょう! ねえ! いいでしょう!」
 優花先輩の思考回路もショートして壊れ始めてきたようである。話している内容が明後日の方向を向き出しているのだが、本人にはそのような意識はないのだろう。
 しかし、この特定部位に関する話題はさらに鬼門だ。特に優花先輩にとっては『誠に残念ながら』という結果となってしまっているから尚更だ。
「え、いや、き、気にすること無いですよ! ほら、胸ならわたしもないですしっ!」
 さすがに自分の先ほどの発言が失言だったことに気が付いたのかエマはフォローを入れる。しかし、エマとしては最大限のフォローを入れたつもりなんだろうが、それは極めて逆効果であった。
 そういうエマの胸を、言葉を止めた先輩が凝視したのだが……
「いいよね……普通に胸がある人は……」
 遠い目を……いや、もはやどこを見ているかすら読み取れない空虚の瞳がその場でうつろう。
 やっぱり、今のエマの言葉はトドメになったようである。
 更なる暗黒面へとロケットブースター全点火で突入してゆく先輩。もはや事象の地平線へと真っ逆さまに落ちてゆくだけだった。
 ここまで来ると、まわりから引き上げるのは不可能。自力で這い上がってこれるのを待ち望むしかない。
(おい、エマ! おまえ誰と比べて無いと言っているつもりなのか、考えてしゃべっているのか!?)
(あ、当たり前よ! そりゃセーラや小雪ちゃんと比べればわたしなんて……)
(ば、馬鹿! あれは二大巨頭だ! あんなのと比べて『無い』なんて言っても説得力絶無だろうが! トドメ刺してどうする!?)
 俺とエマは互いに肘で突っつき合いながら、小声で言い合っていた。
「……いいんだよ、いいんだよ、身体の大きさが……胸の大きさだけが、女の子の価値じゃないんだよ、そう価値じゃないんだよ、価値じゃ……」
 呪詛を呟くかのような優花先輩。いや、聞いているだけで胸が締め付けられるような虚しさを感じ、本当に呪われそうな気がするのは間違いないのだが。
「せ、先輩落ち着いて……! そ、そう価値じゃないんですから! 気にしないでください。気に」
 慌てふためいて愛想笑いなんぞ浮かべている俺の脳裏には、港を前にして沈み行く船のイメージが浮かぶ。エマによって放たれた火炎放射は各所で誘爆を起こしまくり、その艦体のあちこちからは爆音と火柱が立ち上っているのだ。
 爆沈するくらいなら、自らキングス弁を引っこ抜いて自沈した方がマシだった気がしてきたぞ。
 こうなった以上、もはや先輩を宥める努力を放棄して、早々に離脱したいのだが、どうやれば逃げ出せるのか……?
「…………って!? エ、エマ! どこに行った!?」
 つい先ほどまで俺の隣に立っていたはずのエマが忽然とその姿を消していた。
「だ、大樹〜! 後は任せたのでよろしく〜!! それじゃ!」
 いつの間に離れていたのか、遙か先でこちらに手を振りながら無責任なことを(のたま)ってくれると、ものすごいスピードで走り去って行くエマ。
 あ、あいつ! 自分で着火しておきながら先に逃げやがった!
「と、というわけで、先輩! 俺たちボガード探さなきゃいけないので、これで失礼しますっ!」
 内心、これ幸いと思いながらも、俺もエマに習ってその場を脱出することにした。俺は先輩に背を向け、エマの後を追いかける。

「う、うわぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」

 遂に爆発した優花先輩の泣き声が爆風のように、逃げ惑う俺たちを追いかけてきた。
「エマ! 退艦命令前の退艦は、軍法会議ものだぞぉぉぉぉぉ!!」
「な、なにわけ分からないこと言っているのよ! こんなの逃げるに決まっているわよ!」



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