Emergency 

  (Whirlpool制作『MagusTale 〜世界樹と恋する魔法使い〜』より)
                     風野 旅人(tabito@din.or.jp)

3. WARNING


「……とりあえず、落ち着いて考えることにしよう……」
『おちついているばあいか!? はやくなんとかしやがれ!』
 その風体に全く似つかわしくない台詞を飛ばしてくる赤ん坊・アルベルト。
 どことなく面影は感じるものの、さすがに赤ん坊では人の判別はつきにくいな。
 それでも、俺たちとちゃんと受け答えをしているところから、脳みそまで赤ん坊になってしまったわけでもないので、意思疎通がとれる分、こちらとしては不幸中の幸いだと思う。
「ともかく、わたしたちだけじゃ手に負えそうにないのは間違いないわね」
 ようやく落ち着いたエマが言う。まあ、あんな叫び声を上げるのはエマらしくないが、さすがにこれにはびっくりしたようである。
 俺もだいぶ場数(?)を踏んできたから、大概の魔法なら驚きもしなくなって来ているが、こんな魔法は初めて見たぞ。
 しかも、本人の意図しない状態で魔法が動いたままになっているなんて……
「誰か先生方を呼びに行った方が良さそうだな」
「そうね」
 ここに来る前にエマが呼びに行っていたのだから、学園内には少なくとも学園長やボガードの爺、ミレーヌ先生がいるのは間違いないはずなので、学園に向かえば会えるはずだ。
 俺とエマは揃って駆け出そうとしたのだが、
『おい、おれをおいてゆくなよ!』
 というアルベルトの言葉に引き留められた。
 確かに、赤ん坊になったままのアルベルトをこのまま地面に転がしておくのはいささかまずい気がしてきた。
 中身は変わらずとも、外見は完全に赤ん坊である。これでは野良犬でもやって来たらそれこそひとたまりも無いだろう。
 そんなことになったらアルベルト相手とはいえ、さすがに夢見が悪そうである。
「しょうがねえ、俺が運んでいってやるよ」
 俺はシャツから首を出して地面に転がっているアルベルト赤ん坊バージョンをそのシャツごと抱え上げる。
『どうせなら、えまにだっこしてもらいたいぜ……』
「なにか言ったか……?」
 無論バッチリしっかり聞こえていたのだが、あえて聞こえなかったことにする。
 まあ、コイツはこんな状態になっても、その行動原理に些細な変化も見られないということは今の一言で十二分に確認できた。
「さあ、早く行きましょ!」
「ああ」
 俺はこのコンパクトになった危険物を抱え、エマとともに学園へと走り始めた。
「……ところで、あの鳥はどこに行ったんだ……?」
「そういえば……どこに行ったんだろう……?」
 エマは俺と併走しながら、空を軽く見上げている。
 あの鳥、アルベルトが赤ん坊化した後からその姿を見ていない。もし、あの鳥がばらまく粉を浴びた人間が皆、アルベルトのようになってしまうとしたら……
「まずいわね……」
「下手したら、島中の人間が赤ん坊化するんじゃないのか……これ……」
 想像するだに恐ろしい光景が目に浮かぶ。
 アルベルトのこともそうだが、あの鳥を何とかしないと大変なことになるだろう。
「あ!」
 走りながらエマが短く叫んだ。
「どうした?」
「あ、あれ! あそこ! 学園の上に……」
 エマは自分たちが今向かっている先を指さした。
「うわっ!? あんなところにいやがった!」
 あろう事か学園屋上にあるフェンスに止まっているのが、学園から少し離れたこの場所からもしっかりと見えた。
 しかも、先ほどと同様に光ったままで、時折鳴き声を上げる仕草を見せて翼を無駄にばたつかせている。
「光っているからよく目立つわね……」
「ずいぶん目立ちたがり屋だな……あの鳥……」

 俺とエマは世界樹の袂から学園の裏手までノンストップで走り抜けてきたが、さすが空飛ぶほうきと自転車で勝負する俺たち二人である、ここまで走り抜けてもあまり息が上がっていないぞ。
 我ながら感心する体力だが、魔法優位のこの島にあってはあんまり自慢できる機会がないのが非常に残念ではある。
 それはともかく、ここまで来るまでにまだ誰ともすれ違っていないこともあって、今のところ他に被害が出ているのかどうかは分からない。
「エマ、学園長たちはどこに居たんだ?」
「えーと……、学園長はさっきこの辺りで挨拶したんだけど……」
 エマはその場で立ち止まると、左右を見渡して学園長の姿を探すが、この近くには居ないようだ。
「いないみたいだな……」
「あ、あそこにいるのセーラじゃない?」
 視界の先に、ちょうど校舎の曲がり角から現れた赤い魔法服の少女が垣間見えた。
「本当だ。お〜い、セーラ〜!」
 アルベルトを抱えている俺は片腕を大きく振り、こちらに歩いて来るセーラに合図を送った。
「あら二人ともどうしたの?」
 俺たちの前にいつものように腕組みして現れたセーラなのだが……
「…………?」
「…………?」
 俺とエマは揃って首を傾げた。
 セーラにしては非常に上品な物腰である。いや、別に普段のセーラが下品というわけではない。むしろ上品なのだが、多少乱暴……もとい、若干怒りっぽく、実力行使に出やすい質だが。
 しかし、今俺たちの目の前にいるのは、姿形はセーラなのだが受ける印象がまるで違っていた。
 腕組みしているとはいえ、その組み方も柔らかく、どことなく優しげに映る。いつもの刺々しさがまるで無いのだ。
「……? セーラ、髪型変えた?」
 エマが訪ねたとおり、よく見るといつもの横ポニテではなく、半分に割ったお団子二つを伴った髪に下ろしている。
「……セーラ……?」
 と、当のセーラ自身が首を傾げた。
「きゃぁーーーーーー!!」
 そのとき、不思議な顔をしているセーラの後ろから切り裂くような甲高い子供の叫び声が響いて来る。
「ワウゥゥゥ、ワンワン!」
 さらにその後ろから犬の鳴き声が追いかけてきた。いや、実際小さな女の子が犬に追いかけられている。
 追いかけられているのは、赤い服を着た小さな女の子……なのだが……
 長い髪を斜め横で結わえた横ポニーテールに、幼いながらも若干つり上がった目元、そして何よりも腕に巻かれているブレスレット……
「も、もしかして、アレが……」
「ああ、おそらくあのちびっこいのが……」
「っ! 天ヶ瀬にエマっ! た、助けなさいっ! この猛犬が……」
 後ろから追いかけてくる他称・猛犬……俺にはただの子犬にしか見えないが……から必死の形相で逃走してくる子供は、その体躯に似合わないやたらと高飛車な口振りでこちらに救援を求めてきた。
 あの口ぶりと犬嫌い……もしかしなくても……セーラか? あれ……
「きゃっ!」
 懸命な走りも所詮は子供の駆け足、子犬とはいえ犬の走力にはかなうはずもなく、俺たちのそばに来るよりも前にその猛犬と称される犬に追いつかれ、地面へと押し倒されてしまう。
「やだっ! や、止めなさい!」
 ちびセーラは涙目になって怯えているが、当の子犬は、
「くぅん〜」
  ぺろっ ぺろっ ぺろっ

 ……セーラのほっぺたをナメ上げていた……
 これは単にじゃれつかれているだけで、セーラが一方的に怖がっているだけか……
「た、助けて〜〜〜!」
 あ〜あ、セーラのヤツ、本格的に泣き出してしまっているぞ。
「あらあら……」
 それを見かねた上品なセーラが犬にのし掛かれているちびセーラを地面から抱え上げる。
 さすがにちびセーラとは体格差があるので、子犬もそれ以上はまとわりつくことを止めた。
「セーラ……よね……?」
 上品なセーラに抱え上げられている、ちびセーラ(非常に紛らわしい)に向かってエマが改めて確認を取った。
「見れば……分からないわよね、確かに……」
 ちびセーラは自分の姿を改めて確認すると、若干落ち込んだような顔を覗かせる。
 今までの態度を見ていればセーラ以外にあり得ないのだが、あまり深く言及すると藪から八岐大蛇が出てきかねないので自重しておくことにした。
「魔法時間前に海岸にでも移動しようとしていたのだけど、鐘が鳴る前に魔法時間になったと思ったら、今度は光の粉みたいなものが降ってきて、気がついたらこんな姿になっていたのよ」
「やっぱり……」
 俺とエマは小さく頷き合う。やはり犠牲者(?)はすでに発生していたのである。
「やっぱりって……! 天ヶ瀬! あなた、また何かやらかしたんじゃないでしょうね!?」
 聞こえないように小さく呟いたつもりだったのだが、しっかり聞こえてしまっていた。
 腕の中でジタバタと暴れるちびセーラを、
「よしよし」
 と小さい子供をあやすように、その頭を撫ではじめる大人っぽいセーラみたいな人。実際、中身はともかく、このセーラは見た目小さな子供であることは間違いないので、何も知らない人が見たら、非常に若いということを除けば、母親があやしている様にしか見えない。
「……? 大人っぽいセーラ……? 母親……?」
 俺の頭の中で、以前世界樹の観測施設を訪れたときにセシルから見せられた古い写真とその姿が重なった。
「まさか……もしかして、学園長……?」
「えええ〜〜〜〜〜〜っ!?」
「ま、まさか……!」
 俺の台詞でエマとちびセーラが同時に素っ頓狂な声を上げる。
「そうよ、もしかして気がついてなかったの?」
 あっけなくその本性を肯定した上品で大人っぽいセーラらしき人こと、学園長・エルダであった。
 確かに、その古い写真の中にあった姿は今のセーラそっくりだったのだが、実物を見ても本当にうり二つだとは……
 最初の『非常に上品なセーラ』ところで気が付きそうなものだったが、あまりにもセーラにそっくりだったのと普段から学園長が着用している魔法服のデザインが若干若々しいものになっていたので、その可能性を無意識に否定していたのだろう。
 自分の姿が若返ったというのに、相変わらずのマイペースっぷりを発揮している学園長は、
「よしよし、セーラはこの頃から本当に可愛かったわね」
 頬ずりしかねない勢いで、抱きかかえているセーラを撫で上げていたりする。
「お、お母様、やめてくださいっ!」
 セーラが顔を真っ赤にして小さな手足を暴れさせるが、学園長はちっとも意に介した様子もない。
 俺たちの前では、微笑ましい親子のやり取りが続いており、さすがにその姿に笑いが込み上げてくるのだが、後日山姥か鬼女よろしくな鬼面のセーラに追い掛け回されるのは誠に勝手ながらご遠慮願いたいので、口を噤む事にする。
「ぷっ、セーラ可愛い……」
 ……懸命な努力による俺の我慢を、砂浜に築城した楼閣を襲う白波の如く一瞬にして無に帰してくださる、エマであった。
 口元を押さえてエマは聞こえないように吹き出したつもりだったのだろうが、ばっちり聞こえている。俺にも当然セーラにも。
 幼い顔にこれっぽっちも似つかわしくない悪鬼の形相でセーラは俺たちを睨めつける。
「……エマ…… 天ヶ瀬……あとで覚えてなさいよ……!」
「な、なんで俺まで入っている!?」
「さっきからずっと頬の端をひくつかせておいて全然説得力無いわよ!」
 俺自身はギリシアの石像にすら負けないポーカーフェースを装っていたつもりだったが、正直者の俺の顔は嘘がつけなかったらしい。
「ところで、大樹君が抱えてるその子は……」
 不思議そうな顔をした学園長が俺が抱えている赤ん坊を指さしていた。
「あなたたち二人の子…………、というわけでは無さそうね」
「……この状況下でそのギャグは全く笑えないので勘弁してください……」
 セーラと同じ顔で、少しばかり品位のない冗談をにこやかに飛ばす我が学園の学園長である。さすがにその発言は洒落にならない。
「ふ、ふ、不潔よ! 二人とも!」
 が、途中で思考停止して最後まで話を聞いていなかった人物が約一名いた。
 ケチャップで芸術的な絵を描こうとして大失敗し、ギトギトに塗り固められたオムレツの如く、先ほど以上に幼顔を真っ赤に染めたセーラの罵声が飛んだ。
 というか、普通に考えてあり得ない可能性だろうよ、セーラ。
 こんな今時お笑いの歯牙にも掛からないお約束のギャグで乱心するというのが、真面目一本気なセーラらしいといえば、実にらしいのだけれども。
「これ、アルベルトですよ」
 セーラとは違って学園長のたちの悪い冗談をそよ風の如くスルーしたエマが答えた。
「まあ、わたしたちと同じように若返ってしまったのね」
 そういって俺が抱えている赤ん坊ことアルベルトを覗き込む学園長。
「……この子、寝ているわね。ぐっすりと」
「なに!?」
 よく見るとアルベルトのヤツ、すやすやなどと吐息を立てて寝ていやがった。
「通りでさっきから静かだと思ったら……」
 この非常時に悠長に寝ていられるのだがら、ある意味大物なのかもしれない、アルベルトは。
「ところであなた達、この現象について何か知っているみたいだけど、一体何があったの?」
「それがですね……」
 俺とエマは先ほどまでにあった一部始終を洗いざらいに話した。
 予定よりも早まった魔法時間発生とエマのラピスが輝きだしたと思ったら鳥みたいなものに化けて、飛び去って行ったこと。
 そしてその鳥みたいなものが撒き散らした光りの粉を浴びたアルベルトが赤ん坊化してしまったこと。
「なるほどね……エマさんの魔法がある種の暴走をしてしまってるみたいね……」
 だっこしたセーラの頭を撫でながら学園長が頷いている。ちなみにセーラの方は嫌がるのを諦めたらしく、学園長のなすがままになっていた。
「セーラや学園長が若返っちゃったのも、あの光の粉が原因なんだろうけど……」
「アルベルトは赤ん坊、セーラは幼児、学園長は俺たちと変わらないくらい……どうやら若返らせる効果には個人差があるみたいだな」
 一律赤ん坊だったりしたらそれこそ目も当てられない状況に陥っていたことだろうから、その点は不幸中の幸いといったところか。
 頭の中まで若返らないとはいえ、さすがにアルベルトのような状態になってしまうと、対処が難しくなるからな。
「それにしても驚きね、いきなりラピスが発現したりなんて聞いたことも無いわ」
 学園長はようやくセーラを地面に下ろし、腕組みをしながら俺たちに向き直る。
 しかし、セーラと学園長は普段から親子と言うより姉妹にみえていたが、こう若返って並ぶとちょっと年の離れた姉妹にしか見えないな。
「そのわたしのラピス、どこにいっちゃたんだろう……」
 エマが校舎の屋上を見上げるが、先ほど見かけた場所にはすでに見あたらず、またどこかへ飛び去ってしまっていたようだ。
「学園長、どうしたらいいんでしょう? さすがにこのまま放っておくのは問題な気が……」
「おそらくここまで効果の強い魔法が維持されているのは、魔法時間中だからだとおもうから、時間が終われば何らかの対策はとれると思うけど……」
「た、対策がとれるようになるだけで……、こ、効果が消えないという可能性もあるかもね」
 学園長の言葉に、下から必死にこちらを見上げるセーラがつなげた。いや、セーラそんな親の敵でも見据えた顔で懸命に背伸びしなくても聞こえているから。
「効果が消えないとかは、さすがにないと思いたいけどね」
「わたし、どうしたら……」
 さすがに事の重大さが身にしみてきたエマが弱々しい声を吐いた。
 アルベルト一人が赤ん坊になったくらいならともかく、これほど広範囲に効果が及んでしまっているのが非常に問題だ。
「とりあえず、ボガードに相談するのが良いと思うわ。ボガードなら何らかの対策を知っているかもしれないし」
 個人的には、あのエロ爺にあんまり頼りたくはないのが、さすがにこの状況ではそう選り好みしているわけにもいかない。
 こと魔法に関してだけなら、学園生からも尊敬されている人物という意味では間違いないからな。
 あくまでも、魔法だけだが。
「わかりました。ボガードを探してみます」
「よろしくお願いね。わたしとセーラは学園内を回って、他に巻き込まれている人がいないかを確認してみるわね」
「それじゃ、ちょっとこれをお願いできますか?」
 そういって、俺は抱えていた赤ん坊ことアルベルトを差し出した。
 いくら軽いとはいえ、さすがにこれを抱えたまま走り回るのは少々キツイ。何せ一応人間ではあるのであんまりぞんざいに扱うわけにもいかないからな。
「分かったわ」
 学園長は俺から眠りこけているアルベルトを受け取り、抱きかかえた。
「そういえばさっきわたしが探しに行ったとき、ボガード先生、校門の方から園庭に向かって歩いてたところだったわよ」
「よし、園庭の方を探してみるか。エマ、行くぞ」
 俺はエマを促して駆け出そうとしたのだが、
「あ、言い忘れてた……、学園長、そいつに気をつけた方がいいですよ」
 足を止めて、学園長に振り返る。
「えっ?」
「見た目は赤ん坊でも、中身はあのアルベルトそのまんまですから」
 俺に言われて、セーラ譲り……ではなく逆か……その血筋に脈々と受け継がれている、全世界の男子の夢と幻想が詰まりきって固まっているとしか思えない、その大盤振る舞いの胸に収まっていたアルベルト赤ん坊をまじまじと見つめる学園長。
『……でへ、でへへへへへ〜〜〜……』
 いつの間に目を覚ましていたのか、もはや赤ん坊ではなく地球外生命体かなにかだろう、学園長に抱きかかえられていたアルベルトはその(なり)に極めて似つかわしくない崩れた顔をのぞかせていた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

  ぐしゅあっ!!

 その手にしていた奇っ怪な生物の正体を確認した瞬間、学園長は思わずその物体を近くに生えていた庭木の中へと叩き込んでしまった。
『ぐはぁっ!?』
 アルベルトが消えた庭木の向こうから、くぐもった呻き声が上がった。
 ……現代一般社会なら幼児虐待で捕まりそうな行為だったが、UMAを投げ捨てたのだから問題あるまい。
 さらば、アルベルト……っ!


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