Emergency 

  (Whirlpool制作『MagusTale 〜世界樹と恋する魔法使い〜』より)
                     風野 旅人(tabito@din.or.jp)

2. NOTICE


 学園から割と離れたところに、俺たちが暮らしている学生寮がある。
 外見は普通の寮なのだが、ロビーだけが造りが違うのか、やたらと立派で外面と不釣り合いなデザインをしている。
 歴代の偉大な魔法使いの肖像画が掲げられる場所と知れば、この造りも納得はいくけどな。
 そういえば、あのスケベ魔法使い・ボガードの爺もここに掲げられることになっているらしい。
 俺はその絵が掲げられたら、真っ先にその頭へと芸術的な抽象画を描き込むつもりだ。
 さぞかし立派な肖像画へと生まれ変わることだろう。お子様が見たら泣き出しそうなくらいのが。
 そんな他愛もないイタズラの予定を立案しながら、ロビーから自室に戻ろうとすると、
「あれ、お兄ちゃん、今帰ってきたんだ?」
 一つ下の妹である小雪がちょうど階段から下りてきた。
 いつもの学園指定の制服ではなく、私服姿になっている。
「ああ、魔法時間が終わってから戻ってきたからな、そういう小雪はどこにゆくんだ?」
 私服に着替えているところからすると、行き先が学園ということは無いだろう。
「ちょっと街まで。あまり時間無いけどお買い物を済ませてこようかと思ったの」
「これから? ちょっと遅くないか?」
 冬場の夕暮れは早い、気がついたら真っ暗ということも十分あり得る。
「明日も魔法時間があるから、今日のうちにね」
「そんなに気張らなくても、小雪の実力なら日曜の魔法時間一回くらいパスしても大丈夫だろう?」
 転入当初から三馬鹿其の三などと呼称されるこの不肖の兄に比べ、小雪は成績は非常に優秀だ。しかも、魔法の実力もあるのだから、そんなに生真面目に修練に勤しむ必要もないと思うのだが。
「う〜ん、明日は魔法時間だけじゃなくて、ミレーヌ先生から図書館のことも頼まれてるから、あんまり時間ないんだよ」
 しかも、本好きで、俺が迂闊に入り込んだりしたら精神力が根こそぎ奪われてゆくという瘴気に満ちた魔の空間・図書館の主と来ている、どこまでもこの兄とは似てもにつかない。
「そうか……それじゃしょうがないな……」
 とはいえ、街に行くまでは良いが、帰りは日が暮れてしまうだろう。この島は治安が悪いわけではないが、夜道を歩かせるのは兄としては心配だ。
「……仕方がない、俺もついて行くか」
「え、悪いよ……、お兄ちゃん、今帰ってきたばかりなんだし……」
「魔法の使えない俺が魔法時間を何して過ごしてると思っているんだ。別に疲れてもいないから大丈夫だぞ」
 魔法が使える奴らなら、魔法時間に魔法を使って消耗しているだろうが、あいにく魔法の使えない俺には無縁の話である。
 そもそも唯一誇れる体力を持つ俺には、ちょっとやそっとのことでは疲れ果てたりすることはない。
「お兄ちゃんは、授業時間も体力回復の時間だもんね」
「その通り……って、おい!」
 小雪は小さく舌を出して意地悪そうな笑みを見せていた。
 あながち否定できないところではあるが、最近は頑張って起きているぞ。長くはないが……
「そっか……じゃあ、お願いしようかな」
「ああ、任せておけ」
 普段は全く兄らしいところを見せられないのだから、このあたりでポイントを稼いでおかないと、こんなぞんざいな扱いをいつまでも受け続けることになりそうである。
「あ、大樹さんっ!」
 ロビーから外に向かおうとした俺たちに、後ろから声が掛けられる。
 振り向くと小雪と同学年である双子姉妹の姉、レナが階段を駆け下りて来るのが見えた。
「お、お姉ちゃん、待って……」
 その後ろから、妹であるニナが現れる。
 レナニナの双子姉妹は、ロビーまで駆け下りてくると玄関の前に立つ俺たちの前にやって来た。
 この二人の外見は、高難易度の間違い探しの図柄並みの寸分違わぬそっくりさを誇っているので、見た目だけでは頭飾りになっているラピスアクセサリくらいでしか判別出来ない。
 まあ、口調と仕草は全然違うので、話し始めればどちらかは判断できるけどな。
「二人とも、こんな時間からどうしたんだ?」
「これからアルバイトなんです」
 妹のニナが俺の問いに口を開いた。
「……そういえば、この前から始めたんだよな……」
 そのバイト先について思い出した俺は、軽く頭を抱えた。
 紹介したのがあのアルベルトだったという時点で、その方向性はあらぬ方向に定まったも同然だったが、そのバイトとはあろう事か『メイド喫茶』のウェイトレスである。
 レナの方は、「メイド服みたいなかわいい服を着てみたいっ!」という一言で決めたらしい。ニナは姉が心配で巻き込まれたというのが正しいだろう。
 ……まあ、始めた当初に、制服(?)であるメイド服を着て、揃って俺に見せに来たところからすると、ニナの方もまんざら乗り気ではなかったというわけでもなさそうだったが……
「しかし、いいのかあんなバイトさせて……」
「いいの、いいの。学園の許可は出てるんだから」
 俺の懸念を、あっけらかんと何も考えてなさそうな弾んだ笑みで打ち消すレナである。
 恐ろしいことに学園の許可済みバイトである。正直、その方針に一抹の不安を覚えざるを得ない。
 そもそも、魔法世界には『メイド喫茶』などというものは元々無かったらしい。
 セーラの母親である学園長は、こちらの世界――主に日本社会のようだが――の様式を取り入れようとしていることから、こちらの世界に合わせたものが出来、それに携われるなら……と許可した可能性が高いと思われる。
 しかし、学園長は、現代の日本社会について色々と取り入れようとしているが、そもそも元々の生活様式の違いから、細かいところで勘違いをしていることもある。
 その勘違いを利用して、こちらの世界の『喫茶店』を体験するなどといえば、詳細を確認せずに許可が取れそうな気がするから怖い。
 ……どうせ、真っ先に許可したのは、あのボガードの爺なんだろうけどな……
 ところで、諸悪の根源であるアルベルトの方は、その現代日本社会の中でもあからさまに偏ったところから情報を仕入れているらしく、極狭い範囲での趣向を一般常識として認識している節があるように思える。
 少なくとも、日本の代表的な『喫茶店=メイド喫茶』ではないことは、間違いない。というか、真面目に経営しているごく普通の喫茶店が泣くぞ、それは。
「アルベルトとかボガードの爺が、毎日のように入り浸ってそうだな……」
「それなんですけど……」
 ニナが控えめに言葉を挟んできた。
「ボガード先生、入店禁止になっちゃたんだよね〜」
「に、入店禁止?」
 俺の隣で首をかしげている小雪。確かに入店禁止とは穏やかではないが……
「はい、店先に張り紙まで張ってありますよ。『ボガード禁止』って……」
「店内で狼藉でも働いたのか?」
 あのスケベ爺のことである、なみいるメイド姿のウェイトレスさんを前にして正気でいられるかどうか疑わしい。
 学園内で女子学生の尻を追いかけ回すのと同様に、店内でウェイトレスさんを追いかけ回して、出入り禁止にされた……ということは十分に考えられる。
 ……というか、学園内でやっている時点で、良くクビにならないものだと思う。そんなに偉大なのかあの爺は……
「そうじゃ無いんだけどね〜」
「わたしたちはともかく、他の子たちが怯えちゃうんですよ……」
「お、怯える……!?」
 話を聞いてみると、どうやらボガードの爺はメイド喫茶にやって来るとき、何を勘違いしたのか……いや、ある意味正しいのか?……黒地のスーツ姿で来るというのだ。
 確かに黒いスーツ姿にスキンヘッドのグラサン爺が入ってきたら、ヤクザがやって来たと思われても仕方がない。お店の子が怯えてしまうというのは想定することは出来なくもない。
 しかし、果てしなくアホな理由だな……
「アルベルトさんは毎日とは言いませんけど、良く来てますね」
「アルベルトのヤツは、入店禁止とかにはなってないのか?」
 事故を装って風呂を覗くようなヤツである。こちらも危険性で言えば、ボガート爺とタメは張りそうなものだが。
「いちおー、アルベルトさんみたいな人は、お店のターゲットだからねぇ〜、それに黙っていればハンサムで通る人だから」
 凄まじく打算的な言葉が混じっていることについてはあえて言及しないことにするが、『黙っていれば』という但し書きが付きまとってしまうのがアルベルトの悲しいところだろう。
 そのほとんどが自業自得の結果であるので、一欠片も同情はしないが。
「あははははは……」
 俺の隣で、小雪が絨毯爆撃で焦土と化した大地に吹く風のような乾いた笑いをとばしている。
「お姉ちゃん、そろそろ行かないと時間が……」
 ニナはロビーに掲げてある時計を指さしながら姉を促す。
「あ、本当だ。それじゃ、大樹さんまたね〜」
 我先にといった感じで玄関を飛び出してゆこうとするレナに、
「俺たちも街に行くところだったんだが」
 と声を掛けると、その特徴的なツインテールを巻き込むようにして急旋回してきた。
「そうなんですか?」
「ああ、俺は小雪の付き合いでだがな」
 飛び出していった姉を追いかけようとしたニナに、俺は親指で小雪を指さしながら答える。
「それじゃ、せっかくだからみんなで一緒に街へしゅっぱ〜つ!」
「おう」
「はい」
「うん」
 それぞれが返事を返し、揃って玄関から外に向かって歩き始める。
 俺は前を行く三人の後ろ姿を眺めながら、一つ思いついたことがあった。
「なあ、小雪」
「なに? お兄ちゃん」
 声を掛けると小雪が後ろを歩いている俺に振り返る。
「小雪の買い物、時間掛かるのか?」
「ううん、二軒くらいのお店回るだけだから、そんなに時間掛からないと思うけど」
 小雪の返答を待ってから俺は言葉を続けた。
「それじゃ悪いが、ちょっと俺の買い物につきあってもらえないか?」


 ――翌日――

 今日も、昨日に引き続いて穏やかな空が世界樹の向こうまで続いている。

 今日は本来、日曜日。つまり学園は休みのはずなのだが、昼前から午後にかけて発生する魔法時間のため、割と学生が登校しているようであった。
 実際、ここに来るまでに何人かの知り合いや先生達を見かけている。
 学園の門を通りすぎたところで、本日の主役であるエマと鉢合わせしたのだが、
「これから、先生達を呼びに行ってくるからっ!」
 と言ったまま、どこかへ走り去っていってしまった。
 いきなり一人で魔法を使い始めようということをしなかっただけ、まだ理性があったと思うことにする。
 というわけで、魔法時間が来るまで、俺はいつもの如く観測施設そばのベンチに腰を掛けていた。
 ……隣に、なぜかアルベルトがいるのが気になるのだが……
「なんでいるんだ?」
「なんでって、エマに呼ばれたんだぞ。『序列の変わる歴史的瞬間を見に来なさい!』って……」
 一応、三馬鹿という(くく)りの中にいるメンツの一人ではあるので、呼ばないわけにはいかなかったと解釈しておこう。
「それに一応、エマの魔法服姿には期待してはいるからな」
 大まじめな顔をして余計なことを言うアルベルト。
 この世界の魔法使いは、魔法を使用するときにその専用の服を身にまとった姿に変えることが多い。
 魔法を使うこと自体はそんなことをしなくても使えるのだが、威力が上がるとのこと。
 また、アルベルトが期待している通り、一律可愛い服装であることは確かだ(言わずもながら、これは女性限定。男は記憶すらしていない)。
 現代日本で言えば、よくあるアニメーションの魔法少女を思い浮かべれば良いと思うが、若干年齢が高すぎるだろうなどと思ったりすると、いろいろと鬼が出そうである。
 言わぬが花とはよく言った言葉だな。
「エマも黙っていれば可愛い女の子に分類できるからなぁ〜」
 うむうむと鷹揚に頷いてみせるアルベルトだった。
 おいおい、昨日、レナがアルベルトを評するときに使った『黙っていれば』が本人の口から飛び出してきましたよ。
 こちらは、知らぬが仏か。
「……鏡で自分の顔を、よぉーーーく見た方がいいと思うぞ……」
「うん? 鏡なら毎朝姿見と手鏡でちゃんと見ているぜ」
 などと、アルベルトは見当はずれな応答を返しながら、髪をふさぁと掻き上げている。見た目だけなら様になるのだが、如何せん中身を知っている人間から見ると実に滑稽な印象が強い仕草だろう。
 そういう意味じゃねえよ。とは当然思ったが言っても無駄な気がしたので放置する。
「そういや、こっちの世界の魔法服って、おまえの国だと、『コスプレ』って言うんだろう?」
「ぶっ!?」
 いくら日本では今のところの流行とはいえ、あまり馴染みすぎたくない言葉がアルベルトから飛び出してきた。
 ……この偏り倒したこちらの世界の知識はいったいどこから来ているのか、マジで問いただしたいぞ……
「まあ……あながち間違っちゃいないがな……」
 当たり障りのない程度に返事を返しておく。
「次なるリニューアルには是非参考にしたいな、コスプレは」
「……リニューアル?」
「ああ、例のメイド喫茶の話さ。アレ俺の発案だぜ」
 ……マジで諸悪の根源だったのか、コイツ……
 アルベルトが言うには、あのメイド喫茶、元々は潰れかけの喫茶店だったらしい。
 そろそろ店をたたもうかと思っていた店主のところに、ナンパに惜しくも失敗した(本人談)傷心のアルベルトが偶々来店したのが運の尽きだったのだろう。
 アルベルトは、メイド服着たウェイトレスを雇って店を盛り上げるという話を持ちかけたらしい。
 店主は最初乗り気ではなかったらしいが、アルベルトはこの世界でメジャーな喫茶店の形式と言い放って畳みかけた模様である。
 相当間違っているはずなのだが、まだまだこの世界の情報が少ないこの島の住人である店主は見事に騙されてしまったのだろう。
 なけなしの資金で店舗のリニューアル、そしてアルベルトがどこからともなく持ってきたメイド服数着を武器に開店となった。
 ちなみに全くの余談だが、その栄えある(?)メイドウェイトレスさん第一号は、その店主の娘さんだったらしい。…………可哀想に…………
 当初から外界の喫茶店様式という触れ込みによっての物珍しさもあり、客の入りも良く、そしてアルベルトを始めとした『そもそものターゲット』が通ってくるようになって軌道に乗ったとのこと。
 ……なんというか、どこかで聞いたことがあるような話だな……
 で、いずれは『コスプレ喫茶』として再びリニューアルしようと画策しているらしい。アルベルトは。
 しかし、この店を一軒建て直す手腕と情熱を少しでも勉学に向ければ、もっと良い成績をとれるようになると思うし、使い方さえ間違えなければ女性との付き合いも可能になりそうなものなのだがな……
「コスプレの服ってどんなのがいいんだろうな……」
 ベンチに座り、難しい顔で真剣に悩み始めるアルベルト。
 コスプレは元になる何かが無ければ成立しないはずなので、そもそもその元となる何かを知らない人間には変わった服としか目に映らないと思うのだが。
「大樹、ウェイトレスが魔法服姿というのはどうだ?」
「俺に聞くな、そんなこと……」
 『魔法服喫茶』はこの島だと受けないぞ、たぶん。
 というか、誰かこの馬鹿を止めろ。このままコイツの所業を放置しておくと、こちらの世界の偏った文化ばかりがこの島に導入され続けることになりそうで非常に怖い。

 ……などと、アルベルトの恐るべき計画の一端を聞かされたりしていると、今日のヒロインであるエマがこの観測施設までやって来た。

「二人とも来ているわね」
 エマはベンチに座って待っていた俺たちの顔を交互に眺めながら、満足そうな笑みを向けている。
 しかし、俺たちの前に仁王立ちするエマの後ろには誰もいない。先生達を呼びに行ったのでは無かったのか?
「エマ、先生たちは?」
「ああ、魔法時間前になったら来るって言ってたわよ。ミレーヌ先生なんて『絶対に行きますから、待っててくださいねっ!』って凄い期待したみたいで大げさに言ってたし」
と、言いつつ、エマは照れくさそうに頭をかきながら笑顔を見せている。
 ……それはたぶん『心配だから私が来るまで待っていなさい』という意味だぞ、エマ。
 さすがにアルベルトもそのことに気がついたそぶりを見せたが、あんまりにも嬉しそうにしているエマには何も言えなかったらしい。
 まあ下手に口を開くと、疾風すら追い抜くスピードで鉄拳制裁が飛んできてもおかしくはない雰囲気があるのは間違いない。今のエマの笑みにはある種の鬼気迫ったものを感じるからな。
「あと学園長やボガード先生も来るって言ってたんだけどなぁ……」
 そう言って、エマは学園の方を見ていたが、誰もこちらに向かってくる様子はない。
 俺は自分の腕時計を見てみたが、今日発生する予定の魔法時間まであと30分ほどある。エマが単に急いているだけだろう。
「魔法服へ着替える魔法、ちゃんと覚えてきたか?」
 下心常時丸出しのアルベルトの問いにも、
「バッチリよっ」
 と自信100%といった感じで親指立てて答えるエマであった。
 いつにもましてハイテンションのエマであるが、これも致し方がないことか。
 今まで魔法が全く使えなかったのが、これからは少しは可能性が出てきたわけだしな……
 待ちきれないのか、エマはポケットからあのバイオレットのラピスを取り出して、昨日のように日の光に照らして眺めていた。
「それがエマのラピスか……」
 アルベルトも釣られて、陽光に閃く宝石を見つめている。
 ……っと、魔法服で思い出した。
「あ、エマ……」

 俺が立ち上がって声を掛けた瞬間……

 俺たちを取り巻く世界があの不可思議な色に染まった。
「えっ!?」
「魔法時間かっ!」
 魔法時間の到来。それも予定時間よりもかなり早い。
 まだ到来を告げる鐘は鳴っていない。魔法の力を込められたあの鐘の音は、どこにいても聞こえるようになっているはずで、聞こえなかったということはあり得ない。
 そもそも今俺たちが立っている場所は、その鐘がある観測所のすぐ脇である。たとえ物理的な音だけだったとしても聞こえただろう。
 確かに、魔法時間の発生・終了は天気予報程度の的中率なので、希にはずれることもあるというが……

  リンゴーン…… リンゴーン……

 遅れて鐘の音があたりに鳴り響いた。
 振り向くと、施設の隣に立つやぐらの上で、いつもは硬い表情をしているセシルが若干慌てている様子で鐘に魔力を込めているのが垣間見える。

  フィィィィィン!

 そのとき別の方向から、耳障りな甲高い音が俺の両耳を叩き付ける。
「な、なに!?」
 エマが慌てたように短く叫ぶ。その音の発信源は……エマの手にあるあのバイオレットのラピスからだったのだ。
 いや音だけじゃない、この日の下の中でも目が眩むような膨大な輝きを放っていた。
「うわっ!?」
「な、何だこの光りは……」
「まぶしいっ!」
 綺麗とか美しいという言葉はまるでない、ただ痛みを伴う強烈な光りのみが瞳に届く。
 たまらず俺たちは目を覆ったが、焼き付くような鋭い光りは両手を通してでも放たれ続けているのが分かった。
「エ、エマ! いぃ、いきなり何の魔法を使おうっていうんだ!?」
「し、知らないわよ! ラピスが勝手に光り出したんだからっ!」

  ィィィィィィン………

 数秒後、頭痛のする音が途絶え、光りがやんだことを感じ取れたところで瞳を開く俺たち。
 そして……
「え、ええぇぇぇ!?」
「なっ!?」
「馬鹿な!?」
 俺たちはそれぞれに驚愕の叫びを飛ばし合いながら目を見張る。そこには絶対にあり得ないはずのものが浮かんでいたからだ。
 子供の身の丈ほどの長さをもある両の翼を持った一羽の鳥らしきもの(ぱっと見、鶴に似ている)が、柔らかい白い光を放ちながら優雅に翼をはためかせていたのだった。
「まさか……ラピスがいきなり発現した!?」
「そ、そんなことがあり得るのかっ!?」
 魔法の基礎となるラピスは、世界樹からの魔力の吸収やその使用者の熟練が一定レベル以上になれば、発現という状態に遷移し、その使用者に合わせた何らかのものに変化するという。
 つまり、今まさに『これから初めて魔法を使います〜♪』みたいな超初心者であるエマのラピスが発現するというのは常識はずれも甚だしい。

『グァーーーーー!!』

 その鶴(?)は、開いた口のふさがらない俺たちを尻目に、先ほどまで鳴り響いていた鐘の音に負けないような、けたたましい鳴き声を一声上げると……
「とんでっちゃった……」
 呆然と飛び去ってゆく鳥を見送るエマ。
 青い空の中へと舞い上がっていったその鳥は、ゆったりと世界樹の上を旋回しはじめたのだが……
「あ、あれ……なんだ?」
 アルベルトが旋回しているその鳥の下の方を指さした。
「どうかしたのか?」
 俺とエマが、その指が指しているところに目を凝らすと、
「何か……キラキラしたものが落ちてきてるみたいだけど……」
「ああ、確かに……」
 空を舞う鳥の尾翼からキラキラとした粉のようなものが、飛び去った後に続いている。
 それらは静かに地面へと降り注いでいるのだが、落ちた後の地面には特に何も起きている様子は見受けられない。
 そのとき、旋回の径を大きくしたその鳥が、空を凝視していた俺たちの頭上をあっという間に翔け抜けていった。
 ……当然、
「うわっ!?」
「キャッ!」
 自然とその粉も俺たちに降り注いでくるわけである。
 だが、俺やエマの服や肌にかかっても、特に濡れたり、変色したりもしないし、痛みを感じたりもしない。
「何ともない……みたいね……」
 エマが安堵したその刹那……

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 俺たちと同様に光の粉を浴びたアルベルトが突然喚きだした。
「ど、どうしたっ!?」
「ちょっと、どうしたのよ!?」
 叫びを上げるアルベルトに振り向いた俺たちが見たものは、光りに包まれたアルベルトの姿だった。
 その身を包んでいる輝きは、ちょうど先ほどの鳥が放っていた光にそっくりである。
「アルベルト!?」
 見る間にその光りは縮んで行き……
 そして光りが途絶えた後、そこにはアルベルトの姿は存在していなかった。
「ア、アルベルトが……き、消えちゃったっ!?」
「アルベルト! どこに行った!!」
 俺たちは慌てふためいて周りを見渡したが、アルベルトの姿はどこにも見えない。
 本当に消えてしまった……!?
 何せ相手は魔法の産物である。何が起きても不思議ではないのだが、今のはどこかに飛ばされたというより消滅させられたように見えたぞ。
「そ、そんな……」
 さすがのエマもことの成り行きに愕然としている。
『こ、ここだ! ここだ! だいき、えま!』
 そのとき、俺たちの足下から舌足らずな声がした。
「……?」
「……!?」
 口振りからするとアルベルトのような感じはするのだが……
 俺たちはその声が聞こえた自分の足下を確かめると、服……この学園指定の制服が落ちていた。
「これって……アルベルトが着ていた制服じゃないのかな……?」
「……なんで服だけ落ちているんだよ?」
「知らないわよ、そんなこと」
 俺は落ちている上着を拾い上げようとすると、上着の中にあったワイシャツの中で何かがモゾモゾと動いた。
「な、なんだ……?」
 恐る恐る、再び上着をつまみ上げようとしたとき、シャツの襟から突然何かが飛び出した!
「ひっ!?」
 そこから出てきたものは……
「あ、赤ん坊……?」
 赤ん坊、紛れもなく人間の赤ん坊がアルベルトの服から顔を出している。
「なんでこんなところに赤ん坊が……」
 俺とエマは顔を見合わせていると、
『おれだ! あるべるとだ!』
 などととんでもないこと言う赤ん坊。
「え……えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 エマから放たれた驚愕の叫び声が俺の耳を貫いた。


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