夢の残照
風野 旅人
第2話 夢の調べ 後編 あたしはこの正体不明の性悪優男に連れられて病院の前まで来た。 この病院にはあまり来た事が無い。 入院病棟があるくらいだから、よほどの大病を患わない限り用の無い場所だからかもしれない。 以前来た時も、入院した友達のお見舞いに来た時だった。 「ちょっと待ってて、手続きしてくる」 男は受付に面会の手続きを取りに行く。 …面会手続き…? という事は男は喫茶店で言っていた通り、誰かにあたしを会せようと言う事なのだろうか? 一体誰に… この男の知り合いという事なのだから、あたしの知らない人なのはほぼ間違い無いだろうけど、何の面識も無い人とあたしの『あの夢』とどういう関係があるのだろうか? あたしが考え込んでいる間に、手続きを終えて男が戻ってくる。 「さて、行こうか」 男はエレベータに向かって歩き出す。 黙ってそれに着いて行くあたし。 ……虎穴に入らんずは虎子を獲ずか…… 今更ながらことわざを思い浮かべたあたしは降りてきたエレベータに乗る。 「分かっていると思うけど…」 上昇するエレベータの中で男が口を開く。 「…ん?」 誰かに会せると言う事に気が付いているだろうとか言うつもりだろうか? 「病院内では騒がない様に…」 「それかい!」 思わず突っ込みを入れるあたし。 「一応注意しておかないとね…」 エレベータが止まる。 どうやら目的の階に着いたらしい。 「こっちだ」 エレベータを出ると男は、廊下を奥に向かって歩き出す。 廊下は静かだった。 病院の中だからと言う事だけではない。 人の気配がしない。 あたしの横では幾つもの病室のドアが過ぎて行く。 これだけ部屋があるのだからその一つくらいから人の気配がしてもおかしくないはず。 あたしと男の足音だけが、廊下に響く。 まるで誰もいない夜の学校の校舎のようだ。 「静かだろう?」 あたしが不思議がっているのに気付いたか、男から声を掛けられる。 「この階はこの病院の最上階、そしてこの階に入院している人は一人しかいないんだ」 「どうして…?」 うつむき加減になりながら男が呟く。 「まず、入院している人がいないのは、この下の階までで病室が足りていると言う単純な事」 「それじゃ、その一人は…」 「それは、本人が望んだからだ…この病院の最も最上階にある部屋、そして…」 男が立ち止まる。 その前には回りにあるドアと同じドアがある。 「もっとも空を見渡せる部屋…ここだ…」 男はそのドアをノックする。 「俺だ」 男はドアの中に声を掛ける。 「どうぞ」 中から女性の声で返事が返ってくる。 声からするとまだ少女のようだ。 「入るぞ…」 ノブを回し、ドアを開ける男。 「調子はどうだ?」 「お兄ちゃん…いらっしゃい」 お兄ちゃん!? と言う事は、妹だろうか? 病室の中に入った男に続いてあたしも中に入る。 中に置かれたベットの上で一人の少女が文庫本を広げていた。 「ああああああっ!?」 あたしはその少女の顔を見た途端、叫び声を上げてしまった。 「しっ! 静かに」 咄嗟にあたしの口を塞ぐ男。 「×※+¥!?」 声にならない叫びを上げながら男の手を振りほどこうとするあたし。 「その人…誰?」 その少女があたしを見て言った。 雪よりも透き通った白い肌。 さして力をかけなくても折れそうなほどほっそりとした手足に、整った顔立ち… 町に出れば、美樹に負けないくらい声を掛けられまくりそうな、美少女がそこにいた。 しかし、あたしにはその顔が見覚えがあった… 「いや、俺の友達だよ。美琴」 男は少女を安心させるように言う。 夢に出てきた白い翼を持った天使のような少女… 言葉を発せずに微笑みながらあたしに攻撃をしてきたあの少女と顔はうりふたつであった。 (でも…ちがう…) だが、あたしの中で何かが違った。 たしかに姿形はそっくりなのだが、その身から感じ取れる雰囲気……なんと言えばいいのかよく分からないけど、その表情から感じとれる儚さが更に増しているような気がする… 「…お兄ちゃんのお友達でしたか。はじめまして、美琴と言います。お兄ちゃんがお世話になっています」 微笑みながら丁寧にお辞儀をする美琴ちゃん。 あたしはそれに返事を返す事も無く、固まったままになっていた。 「…お兄ちゃん…この人どうしたの?」 あたしを見ながら不安げに呟く。 「大丈夫だよ。美琴があまりに可愛いから驚いているだけだよ」 などと背筋が痒くなりそうな事を言っている。 この男がやると様になるのが、実に悔しくもあるが… 「そんな事無いよ…」 と赤らめた顔をうつむかせる美琴ちゃん。 やっぱり、夢で見た『美琴』となんとなく違うような感じがする。 「ところでお名前は…」 美琴ちゃんが再びこちらを向きたずねてきた。 「…え〜っと…」 あたしを紹介しようとして男が声を詰まらせてしまった。 そういえばまだ名前を教えていなかったわね。 ……まあ、教える気にもならなったというのもあるけど…… 「あたしは晶… 隣で頭を掻いている男の代わりに、ようやく硬直状態から回復したあたしが名を名乗った。 「…え?」 頭を掻いていた手を止めて男が短く驚きの声を発した。 「…なに驚いているのよ…」 「いや別に…」 ……? あたしは首を傾げたが、男はそこで黙ってしまう。 「みつき…とはどんな風に書くんですか?」 「水に月で水月よ。あきらは水晶の晶」 自分でも思うんだけどちょっと変わった苗字だと思う。 あきらって言う名は自分では気にいっているんだけどね。 「…すっごく綺麗な名前ですね」 感心したように美琴はベットの上からわたしを見上げている。 こんなかわいい子に綺麗って言われるのはなんか恥ずかしいわね… それがたとえ名前のこといっても… 「ほんと、名前だけは綺麗だよなぁ」 先ほど押し黙ってしまったはずの男が意外そうに呟く。 『だけ』の部分を強調しているのが非常に気に入らないけど… 「だが、その名に反してその中身は非常に凶暴で暴力的で… まさに綺麗なものにはとげが…」 フッ! ごしゃぁ!? あたしの風を斬るようなスパイラルキックが脇腹に命中し、体をくの字にしてその場で倒れ伏せる男。 「…何か言ったかしら…?」 冷たい表情で床に倒れている男の首根っこを引っつかむあたし。 「…た、ただいまの発言にお聞き苦しい点がありましたことを深くお詫びいたします…」 男はまるでテレビアナウンサーのようなやたらと丁寧な言葉遣いで謝る。 「…そう…」 あたしは襟を掴んでいた手を少し緩める。 それに男がほっとした表情を浮かべた。 「だからと言って許したとは言っていない!」 ごすっ! ごすっ! 「おう、おう、おう!」 あたしは再び襟を力強く引っ張り、男の頭に拳を連発で打ち下ろした。 「…いい? 今度あたしの名前とあたしを比べたらこれじゃすまないわよ…?」 あたしは目を据わらせて男を見下す。 「は、はひ…」 首をガクガクさせながらうなずく男。 あたしだって名前負けしていることぐらい分かっている。 でも、それを改めて指摘されると非常にムカツク! 「…いいな…」 あたしが男に殴りかかっている様子を見て美琴と呼ばれた少女は眩しそうな表情で目を細めていた。 「…なにがいいの!」 思わずあたしは強い口調で言葉を放つ。 「…わたし…体弱いから…兄妹ゲンカ…したこと無いんです…」 「あ…」 あたしはそのまま沈黙してしまった。 「だから…うらやましいです」 あたしにはあたりまえでも、美琴ちゃんには手の届かない『体の自由』というものがあることに今更ながら気が付いた。 口を閉ざしてしまったあたしの隣で、よれよれと体をふらつかせながら立ち上がる男。 こいつは逆に憎たらしいほどしぶといけど… 性格が全く似てないし…ほんとにこの二人兄妹なのか? と疑いたくもなってくる。 「ところで美琴。この人に見覚えないか?」 あたしの方を向きながら男が言う。 「う〜ん…見覚えないよ… だってわたし…」 何かを言いかけて口篭もる美琴。 「そうか…そうだったな…」 それだけで男は納得し、手にしていた紙袋を美琴に手渡す。 「今月のスカイガイドだ」 「わあ、ありがとう! お兄ちゃんはもう読んだ?」 「ああ、読んだ。だからじっくり読んで構わないぞ」 「うん」 ……なるほど…三洋堂の店長が言っていた最近スカイガイド―空ガ―を購入しているうちの生徒ってこいつのことだったのか…… 美琴ちゃんは紙袋から空ガを取り出し、両手の中で広げる。 「星…好きなの?」 あたしもまだ中を見ていなかったので、横から内容を覗き見ながら声を掛ける。 「はい、大好きです」 本から顔を上げ、笑顔で答える美琴。 「そう…」 あたしはそれだけ言い、その場に立ち尽くした。 美琴ちゃんは再び本に視線を戻している。 どう見ても、あの『美琴』に見える… しかし、本人は兄であるこの男とは対照的にわたしの事を全く覚えていない様だ。 男は考え込んでいるあたしを見てから、美琴ちゃんに 「今日はもう遅い、面会時間もそろそろ終わりだから俺達はそろそろ帰るよ」 「そうだね…」 美琴は窓の外を見ながら呟く。 窓の先には白い町並みが夕闇に包まれている。 空には宵の明星…金星が既にその輝きを浮かび上がらせている。 確かに、空が良く見渡せる部屋だわ… 小高い丘の上にある上に、その最上階にあるのだから当然と言えば当然なのだが。 「それじゃ、また明日来るよ」 男はドアの前に立つ。 「うん…また明日…」 本を手にしながら、あたし達を見送る美琴ちゃん。 その表情はとても寂しそうだ。 「それじゃ、またね美琴ちゃん…」 あたしも挨拶をして部屋を出る。 「ちゃんと静かに静養しているんだぞ」 「うん、お兄ちゃんも気を付けて…」 「ああ」 そして、男がドアを締め、エレベータホールに向かって歩き出す。 エレベータで一階のロビーに降りるまで、あたしと男は終始無言だった… ☆ 「どう思った?」 目の前の男が聞いてくる。 あたしは病院前のロータリーの端にあるベンチに座っている。 「…あなたが、シスコンであることがよく分かったわ」 「論点が違う!」 大声で突っ込む男。 よほど、シスコンと言う言葉が気に入らなかったようである。 「確かに美琴はそこらの婦女子とくらべても、月とすっぽん! 比べるのが可哀相なくらいとても可愛い! しかし、だからと言って俺は断じてシスコンなどではない!!」 きっぱりハッキリ言いきる男。 ……確定、この男はシスコンである。 「どうって… あなたの妹…美琴ちゃんってあの『美琴』なの?」 あたしはまじめに答え直す。 「ああ…」 少し落ち着いた男が頷く。 「でも、あたしの事知らないって…とても嘘をついている様には見えなかったわ…」 確かに姿形は『美琴』それそのままなのだが、受ける印象がまるで違う。 病室にいた美琴ちゃんは、夢の中で見せた、ぞくっとする…見ているだけで引き込まれそうなあの笑顔は無かった…少なくとももっと暖かみのある表情をしているように見える。 少なくとも、現実の美琴ちゃんと夢の中の『美琴』では別人に思える。 「…とりあえず、妹のことはおいといて…夢について話そうか?」 「ええ… 結局…あの世界は何なの?」 男はあたしの横に腰を下ろした。 「言葉通り、夢の世界さ…但し、俺の夢でもなければあんたの夢でもない」 「それじゃ…」 あたしの呟きに男が頷き返す。 「そう、『美琴』の夢の中さ」 男は肩をすくませながら言う。 …美琴ちゃんの夢… 人の夢の中に入り込んでしまうなんて… そんな馬鹿なことが本来あり得るはずもないし、普通なら信じようとも思わないが、実際夢を共有した人物が目の前にいれば話は別だ。 しかし… 「今まであたしはそんな事経験したことないわよ」 つい昨日までそんな事は一度も無かった。 もちろん夢に知り合いが出てくることなどは幾らでもあるが、知らない人間が出てきた上に、その中に出てきた人間と記憶を共有したことなど当然無い。 「俺と美琴がこの町に来たからだろう」 男は溜息一つ吐くと、視線を空に浮かせる。 空はもう暗闇に包まれている。 すでに春の星々が空を飾り始める時間になろうとしている。 「元々、俺にもそんな力は無かった…だがある時を境に、俺も美琴の夢の中に入るようになった」 「…それって自分の意志で?」 あたしの問いに男は首を振る。 「いいや、自分の意志ではなく夜寝たと同時に気が付いたら夢の中さ」 「あたしとおんなじね…」 男は頷くと、話を続ける。 「それからだった…美琴がおかしくなり始めたのは…」 以来、男は美琴ちゃんの夢の中に入る事が日課となっていった。 そして、夢の中では決まって『美琴』がいる。 美琴ちゃんの夢なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、それにしてもおかしな事がある。 それは夢の中の『美琴』は、何も喋れずただ微笑むばかりで、唯一人でその場で舞っている事が殆どだった。 そして、その背には必ず白い翼をはばたかせていた。 「もちろん、俺は何度か美琴に話し掛けようとした。だが…」 「攻撃してきたのね…」 「ああ…」 何の理由か分からないが、『美琴』は近づくと攻撃を仕掛けてきた。 それも手加減無しの攻撃だ。 たまらず前回のように逃げ回る事もしばしばだった。 「でも、夢ならいくら攻撃されたって、死ぬ訳じゃないんでしょ…?」 あたしの問いに、男の顔が曇る。 「いや、確かに死にはしないが恐らく、一生原因不明の眠りから覚めなくなる可能性がある」 「なぁ…!?」 あたしは飛び上がるように声を上げてしまった。 「最初の頃『美琴』の攻撃を食らった後…俺は三日位目を覚まさなかったそうだ…」 男が言うに、あの世界での攻撃は言わば精神攻撃。 外傷的な傷は付く事がないが、精神…つまり心そのものの力が弱まってしまうと言うのだ。 「あの時、夢で受けた傷は重傷だったが致命傷にはならなかった。それでも回復に三日間かかったという事だな」 「それにしても、何でわざわざ攻撃を受けるのに『美琴』に近づくわけ?」 それほど攻撃が恐ろしいものなら夢の中で会わずに逃げ回っていればいいのである。 昨日の夢の中では男は、「よーやく、見つけたぞ!」と言っていた。 そう、美琴が夢の中にいると言ってもいつも近くにいる訳ではなく、男はわざわざ探していた。と言う事になる。 「……」 あたしの問いに男が無言になる。 暫くの間、あたしと男は何も喋らなかった。 病院の玄関で人を乗せたタクシーが、目の前を何台か通り過ぎて行く。 それを見送った後、ロータリーは急に人の気配がしなくなった。 もう、面会時間終了からかなり時間が経っている。 当然、急患でもない限り今日の診療も終わっているのだから、もう人が来たり出たりする事もないだろう。 隣を見ると苦悩した男の横顔が見える。 話すべきかを迷っているようだ。 「…実は…」 男がようやく口を開けた。 「…無理に話さなくてもいいけど…」 「いや、話しておくべきだろう。この様子だと解決するまで付き合わせる事になりそうだからな…」 男は力無く微笑む。 その微笑みが相当無理をしているのが手に取るように分かる。 だけど、どうしてそれほどまで悩んでいるかはまだ分からないけど… 「さっきも言った通り美琴がおかしくなった…と言ったよね?」 「ええ…」 「もっと深刻だったのは、現実の美琴の方だったのさ…」 男が美琴ちゃんの夢に入って、一度も『美琴』に会わなかった時が一度だけあったと言う。 その次の日、美琴ちゃんは目覚めなかった。 前日もその前も特に変わった所はなかった。 その日突然だった。 男がいつも通りに病院に面会に来た時、主治医の医師や看護婦が美琴ちゃんのベットを取り囲んでいた。 命には何ら別状はない。 でも、目覚めない… 医者もお手上げだった。 その日、男と呼び出された両親は面会時間ぎりぎりまで、病室の前にいた。 面会終了間際になって、母親から明日の学校の事を心配されて男だけが先に家に戻った。 疲れ果ててベットに潜った男はまた、美琴ちゃんの夢の中にいた。 そして、『美琴』を探した。 それも懸命に… ようやく男は美琴を見つけた。 もちろん攻撃を受けたが、何とか凌ぎきり朝を迎えた。 ベットから身体を起こした直後、電話のベルが鳴った。 美琴ちゃんが目を覚ました…という両親からの電話だった… 「…つまり、意地でも美琴ちゃんに会わないと、次の日目覚めなくなるのね…」 「そういうことだ」 あたしは溜息を吐いた。 これだけ妹思いの男だ。妹が目覚めないということは、由々しき事態だろう。 「それで…あの子は、その事を覚えていたの?」 男は首を横にゆっくりと振るった。 「全く覚えが無いらしい…自分がそれほど長く眠り続けていた事すらも、覚えが無いと言っていた」 そうか…兄であるこの男の事すらも覚えていないのである。現実の世界においても顔見知りでもなかったあたしの事など覚えているはずも無いだろう… 「…美琴は、幼い頃から病気がちでな。いつも入退院を繰り返していた。それでも最近は病気もしなくなり、元気になってきた矢先だったんだよ」 男は顔を覆っていた。 泣いている訳ではないだろうが、歪んだ顔を見られたくないのだろう。 「…それで、あたしはどうして美琴ちゃんの夢の中に入ってしまったの? あたしはあなたのように美琴ちゃんの身内でもなければ知り合いでもないのに」 「それは…恐らく夢の中での干渉力が強いのだろう…君は…」 「干渉力…なにそれ?」 あたしは眉をひそめる。 「…干渉力… つまり夢の中でどれだけ強いかを表わすもののようなものだと思って構わない。もちろん決まった単位があるわけでもない。俺がそう呼んでいるだけだ」 男が干渉力と呼んでいるものは、その世界の中でどれだけ力を発揮できるかのことを指しているらしい。 その力が大きいほど夢の中で様々な事が出来ると言う。 「俺が夢の中で翼を持っていただろう? あれは夢の中で自由に飛ぶための補助として俺が想像したものだ。あの世界では想像力が強い存在ほど強力な力を使う事が出来る」 「何で翼がいるわけ? 普通夢の中で翼も無く自由に空を飛ぶってお約束じゃない?」 事実、あたしも夢の中で翼も無いのに空を飛んでいた。 「それはある意味想像力が無いからだ。翼が無いのに鳥が空を飛べるはずが無い。自分の夢の中ではそれでも通用する。人の世界ではない分想像力があまり必要じゃないからな…」 「それじゃ、さっきの話と矛盾しているじゃない…」 干渉力が無いと人の夢に入る事も出来ないのに、想像力の無いあたしはその干渉力を持っていない…ということになる。 「…これは俺の推測だが…あの世界で重要な干渉力を表わす力は想像力ともう一つあるようだ」 「もう一つ…?」 「そのもう一つとは、精神力…つまり純粋に心の強さの事だ」 あたしは想像力がない分、それを強い精神力で補っているので翼を想像しなくても空を飛べたのだと男はいう。 「精神力ね…そんなの普段はそんなこと考えたことも無かったけど…」 「見た目の強さじゃないからな…それに特に鍛錬もしていないのに精神力が強いのは生まれつきみたいなものもあるのかもしれない」 ……生まれつきねぇ…… あたしはその生まれつきのためにこんな事に巻き込まれているのか…? 思わずため息の出るあたし 「…干渉力が強い人ほど、美琴の夢に引き込まれやすい。前に住んでいた町でも何回か美琴の夢に引き込まれた人を見た事がある」 「その時はどうしたの?」 「いきなり攻撃してくる美琴に驚いて、夢の中から消える…つまり目を覚ましてしまうと言うのが殆どさ…君みたいに攻撃を食らって驚いてもいつまでも目が覚めない図太い人は早々いないよ」 「図太いとは失礼ね!」 本当は殴り倒したいくらいだが、話の腰を折りたくないので叫ぶだけにするあたし。 「ちなみに俺が攻撃で驚いたりしても目が覚めないのは、夢の世界を『認識』しているからだ。まあ…攻撃食らったら食らったでそのまま眠り続ける事になるしな…」 男は立ち上がると、病院とは反対側―町の方―を見下ろす。 町並みはすでにイルミネーションに包まれている。 その光景は、昨日夢で見た光景に似ていた。 「ここから見える風景が、昨日の夢の中だった…」 男もそれを知っていたようだ。 「…美琴はこの町に来たがっていた…正確に言えば、この景色を見たかった…と言うべきか…」 「どうして…」 「以前、俺達が暮らしていた町だからな…」 男と美琴ちゃんそして両親は以前、ここに住んでいたらしい。 そして男が十歳くらいの時、ここを離れ別の町へ引っ越していったそうだ。 「この原因不明の状況に陥った時、美琴が言ったんだよ…幼い頃見たあの町並みが見たい…ってね…」 両親からすれば、一向に良くならない娘を見て何かでもしなくてはと思ったのだろう。 数日後、両親は美琴ちゃんをこの病院に転院させた。 「もちろん、両親には仕事がある。仕事の関係でこの町から移ったくらいだからな… 簡単にこっちに引っ越す事なんて出来ないから、俺だけを転校させて美琴の面倒を見る事になったんだ」 この男とすれば可愛い妹である。恐らく自分から面倒を見ると言い出したのだろう。 転校などさほど障害にもならなかった事が容易に想像できる。 「…さて、遅くなっちまったな… 悪かったなこんなに遅くまで付き合わせて…」 時計から時刻を読み取ると男は振りかえり、病院の門を目指して歩き始めた。 あたしはベンチから立ち上がりそれに付いて行く。 病院の門をくぐった後、ふと振り返ると、入院病棟の最上階、最も町が見渡せるその一室には明かりが灯っていた。 あの部屋いる少女…美琴ちゃん… 一体何者なの…? この男の妹であるのだから、人間である事は間違い無いだろう… …この男もある意味、十分規格外なような気もするけど… でも… ☆ 男とあたしは無言で夜道をトボトボと歩いていた。 男が送ると言う申し出をしてきたので、一応お願したのである。 …シスコン男だからあたしなんて対象外だろうから安全そうだと思ったのは秘密である。 小高い丘を下り、町の中心街を通り過ぎた辺りであたしは口を開いた。 「で、結局の所あたしはどうしたらいいわけ?」 そう、未だ分かっていない事がそれである。 このままではまた夢の中で巻き込まれる…と言う事は分かった。 しかし、今回話を聞いただけでは、状況の説明だけを聞かされただけで、結局あたし的になにも解決になっていない。 「…俺もその件については困っている…さっきも言った通り、すぐに夢から抜けてくれればそんな問題にはならないんだが…」 「戻り方とか無いの?」 あたしは横を歩いている男の横顔を見ながら言う。 男は、あたしの方を見ずに言葉を続ける。 「基本的に驚いたりして、夢から覚めるくらいしか手段が無い」 「あんたの場合は?」 「俺の場合は、朝になって美琴が目覚めるまで抜ける事は出来ない…」 「ということは…」 あたしの頭の中に最悪の答えが浮かんだ。 「そ、俺と同じく美琴が目が覚めるまで逃げ回る…と言う事になるな…」 当然の如く、軽く言ってくれる男。 「そんなの無理に決まっているでしょ!?」 何せあの手加減、武器加減無しの攻撃である。 想像すればいかなる物も生み出す事が出来るあの世界では、想像力があるものが当然有利だ。 「まあ…その辺は、君の方で何とかしてくれ…」 いい加減な答えを返す男。 「他に方法はないの!?」 「…他にね…う〜ん、おっ!」 あたしの問いに、男はビンと来たらしくポンッと手を叩く。 「最終手段としては、毎日夜寝ないと言う技もあるけど…」 「却下!」 男の身も蓋も無い回答を一語を持って廃案にするあたし。 「うーん、それじゃ…おっ!?」 再び手を打つ男。 「今度はなに?」 大した期待もせず聞くあたし。 「ほんとの最終手段が思いついた…が、リスクが大きすぎる…特に俺が…」 「何よ一体…」 男は妙に神妙な顔をして口を開いた。 「前回と同じくキス…」 「あっ、あほか〜!?」 ごすぅっ 顔を真っ赤にしたあたしの下から突き上げた渾身のアッパーカットが男の顎を跳ね上げる。 「いいパンチしてるぜ…」 お約束な台詞を吐きながらよろめいている男。 「だいたい、既にわかっているんじゃ効果無いじゃないの! それに何であんたがリスクが大きいのよ!」 「あとでこういう結果になりそうで… …すいません、口が過ぎました」 般若の面のようなあたしの表情を見て、ですます調で謝罪する男。 「…いい案だと思ったんだが…」 「どこが!?」 そういえばシスコン男だと油断していけど、こいつには『前科』があったのを今更ながら思い出した。 思い出すだけでも腹が立つ! 夢の中とはいえ、乙女の大切なファーストキスを、顔はいいとはいえこんな得体の知れない男に奪われたあたしの心理的ダメージは計り知れない。 本来なら百回殴っても飽き足らないけど、あたしを助けてくれたことには変わりはないので、これくらいにしているのだ。 …そうこうしているうちに、あたしの家の前まで着いていた。 「あたし、ここだから」 門の前で足を止めるあたし。 「そうか…すまなかったな…」 男はもう一度謝る。 その顔が本当に申し訳無さそうなので、あたしは何も言わなかった。 「また、夢で会うかもしれないが…」 「あたしは、そうならない事を期待するわ…」 男はあたしに背を向けると、駅の方に向かって歩き出す。 数歩歩いた所で、足を止めこちらを振り向く。 「全ては夢の中に答えがあるはず…今はそれだけしか分からない…」 それだけを言ってまた、足を進め始める男。 「じゃ…」 あたしは男を見送った後、家の中に入った。 ☆ 家に戻った後、直ぐに夕食が用意されていた。 あたしはさっさと食べて、風呂に入る。 湯船に浸かりながら、あたしはぼーっとしていた… 『全ては夢の中に答えがあるはず…今はそれだけしか分からない…』 あの男はそういっていたけど、そうなった理由は本当になんなんだろうか? あの子…美琴ちゃん…とてもあんな事をする様には見えないし… …あたしが考えてもしょうがないか… 暫く考えていたものの、あたしが悩んでも答えが出ないと結論に達し、風呂から上がるあたし。 風呂から上がると、自室で髪を解かしながら今日、今から寝る事について考えていた。 今日も『美琴』の夢の中に入りそうな気がする… それは予感ではなく、決定付けられたなにかのような気がしてくる。 「ハッキリ言って嫌なんだけど…」 と言っても、寝ない訳にはいかないもんね… 溜息を吐きながら、部屋の明かりを消し、ベットに潜り込むあたし。 …… 暗やみに包まれて見えない天井を見続けるあたし。 …寝付けない… 怖い夢を見る子供じゃあるまいし… 我ながらあきれるが、眠れないものは仕方がない。 「…そういえば、美樹から借りていた文庫本があったけ…」 たまらず、あたしは机の上に置いてあった文庫本を手に取った。 美樹が「面白いから読むように!」と半ば…いや、完全に強制的に貸してきたものある。 ……まあ、美樹が持ってくるのは本当に面白いからいいんだけどね…… 内容はファンタジーもの…魔法やら精霊やらが出てくるよくあるお話である。 「…魔法ねぇ… あたしも使えればあの世界で苦労しなくても済みそうなんだけどね…」 開いていたページにはちょうど挿し絵が描かれている。 そこでは、ショートカットの女の子が手のひらを目の前に突き出して、自分の体よりも大きな魔法陣を敵に向かって展開させていた。 「そうそう…こんな風に…ね……くぅ…」 あたしはこの呟きを最後に眠りついてしまったようだ。 あれこれ考えすぎて頭が疲れていたのだろうか…? 眠りに落ちた後、次に見るものは… 第2話 完 |