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第二話 刃の輝き・2
風野 旅人
町の中心から少し離れた郊外のビル。 高さが20階もあるそのビルは、周りの建物より頭が2・3つ出ている。 そのビルの正門には、"JCN"とかかれた看板が架けてある。 このビルの5階に"第5研究開発部”と書かれた扉がある。 扉の向こうは50畳ほどの広さの中に所狭しにOAディスクが並んでいる。 あまり整理が行き届いていないのか、足元にも資料や端末が積んである。 その中で一人の男が首を傾げていた。 ディスプレイを覗き込みながら腕組みをしているその男は、一番窓際の席に座っている男に声を掛けた。 「おい、秋野」 秋野と呼ばれた男は、座っていた椅子を回し体を声を掛けた男の方に向ける。 「何です?、小金井さん」 「このシステムのディスク動作がえらく緩慢なんだが、ちょっと見てくれないか?」 自分のディスプレイを指を差しながら言う男。 「ちょっと待ってて下さい。」 秋野は椅子を元の位置に戻し、体を自分のディスプレイに向ける。 そして、ディスプレイにウィンドウを開くとその問題になっているシステムと接続を開始する。 システムと接続が終わると、秋野は手早くキーを叩く。 s_akinoと。 これが、秋野のシステムへのログインネームだ。 続けてパスワードを入力し、システムへログインする。 ログインが終了した秋野は、システムの状態を示すコマンドを次々に入力していく。 2・3のコマンドを入力し、その結果を確認して秋野はディスプレイから小金井のほうに顔を戻した。 「う〜ん、容量が足りないせいでディスクの動作に支障が出ていますね。とりあえず整理しておきますけど、この調子だと直にまた一杯になりますよ。」 その言葉を聞いて小金井はうなずき、 「とりあえず頼むぞ、そのシステムお前しかいじれないんだからな……」 そういってから、小金井は、また自分のディスプレイに顔を向ける。 「わかりました。でも、整理しても根本的な解決にならないんですけどね……」 秋野はため息をつきながら自分のディスプレイに顔を戻した。 自分の端末のディスプレイに、システムの状態をもう一度リストアップする。 そして、リストアップされた情報をもとにシステムの状態を修正する。 秋野のキーを叩く早さはそれほど早いわけでもなく、ブラインドタッチなる技術があるわけではないが、それでも普通の人間よりはずっと早い。 どちらかといえば、考えている時間が短いから早いといったほうが正解だろう。 秋野は修正したシステムの内容を改めて端末に表示し、もう一度顔をディスプレイから上げる。 「終わりましたよっ」 「おっ、サンキュー」 小金井がそれに返事を返す。 秋野は小金井の返事を聞くと、自分のもとの仕事を再開する。 もとの仕事とは、先日まで行っていた作業のデータ整理であった。 秋野のもう一つのディスプレイには罫線が縦横に引かれたウィンドウが表示されている。 そのマスひとつひとつにデータを埋めて行く。 さっきまで行っていたその作業を再開し始めた途端、ディスプレイの端で小さなウィンドウが点滅しているの気がついた。 そこには、『you have new mail』という文がウィンドウの中で踊っている。 「メールが届いたのか……」 だが秋野は、直にそのメールを開くのを躊躇した。 なぜなら、新しい仕事のメールかもしれないからだ。 今、仕事を抱えているのにこれ以上、仕事を増やしたくないと思ったからである。 しかし、別件のメールかもしれないので読まないわけにはいかない。 「とりあえず、読むだけ読んでもし新しい仕事がらみだったら見なかったことにしよう」 そう決めてから、秋野はメールの本文を開いた。 タイトルは、 『助けてください』 と書かれている。 「うっ……」 思わずうめく秋野。 (既に、この時点でろくでもないような気がしてきた……) とりあえず、本文に目をやると次のように書かれていた。 『修一郎さんへ 助けてください。 目標は倒しましたが、防壁が壊れました。 今は私が防壁の変わりをしています。』 ご丁寧にも、シグネチャと呼ばれるメールに添付する定型文が付けてあった。 少女らしい文字絵で、飾りたてている枠の中には、『詩音』と書かれており、返信先のメールアドレスまでしっかり書かれている。 「……………………」 そのメールを読んだ秋野…修一郎は思わず沈黙してしまった。 (読むんじゃなかった……) そう思っていても、修一郎の表情はどこか微笑んでいた。 「詩音のやつ……どうせまた、P・Eでも使ったんだろう。ったく……」 修一郎は、先程システムを復旧させたディスプレイのほうを向き、また別なウィンドウを開く。 今度は、そのウィンドウを会社のシステムではなく、自分の家のシステムに接続する。 (しばらく反省してろって言いたいところだが、そうもいかないからな……) 接続終了のメッセージが画面に表示されるのを確認した修一郎は、手早く自分の家のシステムを目的のネットワークに接続する。 (そーいえば今回の依頼の内容は何だったかな。) ふと思った修一郎は、自分の家に届いているメールの一覧から依頼内容の書かれたものを表示する。 メールの内容は、 『ネットワークワームからの防壁攻撃からの防御およびワームの消去が目的。 但し、現在10ある防壁は7まで突破されており、業務上の問題によりネットワークは停止できない。 よってネットワークの運用を維持したまま攻撃を防いで欲しい。』 と書かれている。 送り主は、大手の情報サービス業会社のネットワークセキュリティ部門らしい。 ワームからの攻撃に対応しきれず修一郎、正確には詩音と呼ばれるものに依頼をしてきたのだ。 (どうせ、大手のやることだ、セキュリティシステムをけちって安い一昔前のシステムでも使っていたのだろう。これに懲りてシステムの見直しやるだろうから、後でうちの営業にでも話を流しといてやろう。) 修一郎は、キーボードを叩きながらそんな事を考えていた。 目的のネットワークに入ると、そのネットワークのシステムがものの見事に目茶区茶になっているのが手にとるようにわかる。 「こりゃまた派手にやられてるな……」 依頼時にまだ3つ残っていたはずの防壁は最後の一つを残してものの見事に全壊、すべて無効化されている。 最後の一つは詩音であるから、全部壊れたことに等しいが、壊したのが詩音本人であろうからここではカウントしない……と、修一郎は思おうとしていた。 (……依頼元には機密漏洩は無かった、ということで報告しとこう…・・) 防壁を全部破壊されたとあっては、これからの依頼量に響くことになるためである。 とりあえず、修一郎は先方から送られてきたスーパーユーザと呼ばれるシステム管理用のパスワードを入力する。 本来ならスーパーユーザのパスワードなど門外不出であるべきものであるのだが、場合が場合だけに依頼主は直にパスワードを知らせてきていた。 (終わったら、パスワードを変更するように伝えておかないと……) 一時的にそのシステムの管理者となった修一郎は、とりあえず10あったシステムの防壁を一つずつ修復して行く。 「……一昔どころか3世代前くらいのシステムだぞこれ……」 あまりのシステムセキュリティの甘さに思わずつぶやく修一郎。 おまけに既に修復されているものもあったが、直しが非常にいいかげんであり、単に前の状態に戻しただけであった。 これでは同じ攻撃にあったら 「とりあえず、こんなもんかな……」 最後の防壁が修復が完了したとき、少女・詩音の真後ろには強固な壁が復活していた。 第二話 完 |