Logical Blade
   〜神の刃を持つ天使〜

   第一話 刃の輝き・1

                                                       風野 旅人 

「やぁっ!」
 長く伸ばした黒髪のポニーテールをなびかせながら少女は身に余るような大剣を振り下ろした。
 その先には、黒いドロドロとしたものが這いつくばっている。
 その黒いものはファンタジーで言えばスライムのような様相を呈している。
 対する少女の姿は天使か女神のような白い法衣を纏っている。
 手にした大剣と少女のほっそりとした体躯とは違和感があるが、なかなか様似はなっている。
 その顔に微笑みを浮かべていれば、美少女ともいえなくはないが、今はその顔に厳しい表情を浮かべている。
 その少女は壁を背にして、そのドロドロした存在を相手に剣を振り回している。
 だが、それはその様相に似合わず、俊敏な動きで少女の剣を避け、壁に辿り着こうとする。
「チンケなワームの癖して、なんて素早いの!?」
 少女が背にしている壁はおよそファンタジー世界には似つかわしくないSF的な無機質の灰色の壁であり、その壁には、

 Fainal Fire Wall

 と黒く書かれている。
 すでに、この『ワーム』と呼ばれるモノにいくつもの壁を破壊され、Fainalの通りこの壁が最後である。
 この最後の壁に『ワーム』が到達する前にこの少女は依頼を受け、ここにやってきた。
 そして到達直前の『ワーム』をすんでの所で食い止めているが、予想以上に素早く未だ決定打を浴びせる事が出来ないでいた。
「これ以上、防壁は突破させないんだからっ!」
 少女は、手にした剣を振りつづけるが、一向に剣先はかすりもしない。
 『ワーム』はその俊敏な動きで、次第に壁との距離を狭めて行く。
「これじゃきりがないっ…そうだ!」
 少女は、何を思ったか剣を背中にある大きな鞘に戻した。 
 その隙を突いて、『ワーム』は少女の横を通り抜け、一気に壁に接近した。
 が…

 ギシィィィン

 壁の前で、何か透明な硬いものに衝突した様に弾かれてしまう。
 その『ワーム』の後ろでは大剣を背負った少女が壁の方に向かって左手をかざしていた。
「BGSG特製の特殊防壁を突破できるかしら!」
 少女は、左手をかざしたまま『ワーム』に高らかに言い放つ。
 再度、『ワーム』は突撃を敢行しようとするが、壁は強固でまたも弾き返されてしまう。
 この壁はただの『ワーム』にとって突破するのは容易ではない。
 進むことが出来ないと悟った『ワーム』は突然身を翻し(といっても前後など判断できないが)、後ろで手をかざしていた少女に向かって襲いかかってきた。
 壁を乗り越えられないと判断した『ワーム』は障壁を作り出している少女を倒して、防壁を突破しようとしたのだ。
 突然の事に少女は悲鳴を上げた。
「きゃぁぁぁぁぁ……なんてね!」
 が……すでに少女の右腕には背中に背負われていたはずのあの大剣が握られていた。
 それも片手で。
「やぁぁぁぁぁ!」
 少女は跳びかかってきた『ワーム』めがけて手に握った剣を、斜めに振り下ろす。
 そして、襲いかかってきた『ワーム』はあっけなくその剣により二分された。
 剣に二分され、少女の左右の床に転がったそれはピクリとも動かない。
 とりあえず少女は、持っている剣でその死骸の片割れを突っついてみた。
 起きてくる反応はない。
 どうやら退治に成功したようだった。
 少女はかざしたままだった左手を下ろし防壁を消した。


「ふう……どうやら終わったみたいね…」
 少女は右手に持っていた剣を背中に戻し、一息ついた。
 とりあえず、目の前に転がっている『ワーム』は動く気配が無い。
 そう判断し、少女は懐から白い小さな巾着袋を取り出した。
 それを手に、二つに分断された『ワーム』の片割れに近寄っていく。
「とりあえず、こいつを回収しておかないとね…」
 さっき剣で突っついた方をその巾着袋の中に収める。
 だが『ワーム』は、その小さな巾着袋ではとても詰め込む事が出来ない量である。
 しかし、黒々とした『ワーム』は見る見るうちに吸い込まれるように巾着袋の中に入って行く。
 片割れの回収が終了すると、巾着袋は一瞬、淡く輝いた。 
 それを確認すると少女の表情は、やっと和らいだ。
「完全にフリーズしたみたいね。フリーズしてなおかつ固めておけば動き出す事はないわね」
 もう一度、その巾着袋をみて少女もう一度微笑んだ。
 と言うよりは、にんまり笑ったと言った方が正しい。
「さぁーて、これでまた新しいのが買ってもらえるわ!」
 少女は今にも飛び上がらんばかりで浮かれているが、案の定…

  ゴソリ…

 少女の後ろで物音がした。
「は?」
 その物音に少女は反射的に後ろを振り向いた。
 その後ろでは、『ワーム』(片割れ)が再び動き出していた。
 二つに裂かれてもなお、生きていたのだ。
 ボーゼンとする少女を後ろ目に、『ワーム』は持ち前の素早さで瞬く間に最後の壁に取り付いてしまった。
 『ワーム』の取り付いたところから、壁が徐々に融け始めてゆく。
 融けた壁のその向こう側に、大きな部屋が見え始めた。
 その部屋には、巨大な書架が無数に並べてある。
 その書架一つ一つに、多数の書物が整然と収められている。
 まるで、巨大な図書館である。
 ここがその『ワーム』の最終目的地である。
「やっばー!最終防壁が一部損壊したわ!」
 少女はもう一度、背中の剣を握り直すが、これで攻撃しても結果は目に見えている。
「また分裂されるだけだわ…」
 今動いているのは、少女が片割れを回収している間に失われた部分を再生していたのである。
 もう一度斬っても、分裂されたらまた同じことの繰り返しである。
 それに、このまま剣を振ればまだ壊れきっていない最終防壁ごと斬ってしまう可能性が高い。
 少女が剣を構えたまま躊躇している間にも、壁はスライムによって氷のように融かされてゆく。
 すでに3分の1が融けている。壁が全て融かされるのも、もはや時間の問題である。
「こうなったら…」
 少女は手に持ったままであった巾着袋を懐に収め、代わりに黒い玉を出した。
 その黒い玉の表面には、
  『P・E』
 と、白い文字で書かれている。
「危険だから使うなって言われているけど…」
 少女はその黒い玉を右手の持ち、左手だけで剣を握り締めた。
(どうか…防壁が持ちますようにっ!)
 と、少女は叶わぬかもしれない希望を強く願った。
「いくわよ!」
 掛け声一つ上げた少女は、壁に張りついている『ワーム』めがけて突進した。
 剣が届く範囲まで接近すると、『ワーム』めがけて勢い良く剣を振り下ろした。
 だが、『ワーム』はその持ち前の俊敏な動きで、またも少女の太刀筋を避け、少し離れた壁に張りついた。
「おっと、とっととぉ!」
 勢いを付けて剣を振ったため空振りしたたらをふみ、壁にぶつかりそうになりながらよろける少女。
 が、その表情には笑みを浮かべている。
 少女がついさっき手にした黒い玉がその手から無くなっていた。
 その玉はというと…
 体制を立て直し、壁から少し後退しながら、少女はまたも壁を融かし始めている『ワーム』に向かって薄く微笑んだ。
 その『ワーム』の背にはあの黒い玉が張り付いている。
「後始末が大変だけど…さよなら」
 と『ワーム』に向かって静かに微笑みかける。

  パチンッ!

 剣を持っていない右手で少女が指を鳴らした。
 その音がその場に響き渡ったと同時に……

  ドォォォォォォォォン!

 少女が指を鳴らした瞬間、白い閃光と爆音が展開した対PE用の防壁の外を駆け抜けた。

 黒い玉・PEはとてつもない光と音を発して『ワーム』と…
「あぁぁぁぁっ!やっぱり吹っ飛んだぁ!」
 そう、さっきまで『ワーム』が融かしていた最終防壁が綺麗サッパリに吹き飛んでいた。
 『ワーム』を倒すため使ったツールの余波で、ものの見事に守るべきハズの防壁を破壊してしまったのである。
 その向こう側の巨大な図書館が完全に露呈してしまっている。
「なんて脆い防壁なの!?これじゃ、今まで持ちこたえたのが奇跡に近いわねぇ!」
 自分の所業を棚に上げ、防壁設計者を非難する少女。
 少女は、露呈してしまった書架の山を見上げてしばし呆然としてしまった。
「何はともあれ…当面の問題をどうするかよね…」
 書架を見上げたまま少女はため息をついた。
 このままでは、さっきみたいなのがまたきたら、ようこそ、とばかりに素通りされてしまう。
 この防壁よりまえの防壁は、復旧作業に入っているようだが、最終防壁でさえこの低落である。
 防壁などないに等しいだろう。
「仕方が無い…とりあえず暫くは、私が変わりに壁になるしかないのね…」
 少女はため息を吐くと、少女は自分の懐に手を入れ、一枚の紙とペンを取り出した。
 剣を鞘に戻した左手に紙を持ち、右手でその紙に文字を書き入れる。
「助けてください。目標は倒しましたが、防壁が壊れました。今は私が防壁の変わりをしています。…と」
 そう書き記した紙を、更に別な紙を付け足してから折り畳んだ。
 少女はそれを左手に持ち、頭より高く翳した。
 そして、また右手の指を鳴らした。

  パチンッ!

 それを合図に、少女が手にしていた紙切れは光の粒を撒き散らしながら手の中から消えた。
「早く、助けにきてくださいね…」
 少女は、光が完全に消えたのを確認し、巨大な書架に向き直る。
「全セキュリティシステムを私へ移行!BGSG特殊障壁構築開始!」
 そう高らかに叫ぶと、少女の姿は静かに消え始めた。
(こんな姿嫌なんですから、本当に早く助けてくださいね…)
 手紙の宛先の人物を思い浮かべ、その顔に一抹の不安を覚え、少女はため息を吐きながら静かに消えていった。
 その代わり……

  ドッオンッ!

 重い音を立てて巨大な障壁がそこに現れた。
 さっきまであった、最終防壁よりかなり強固そうな壁である。
 この壁は、消えてしまった少女である。
 彼女は破壊してしまった最終防壁の変わりにみずからを防壁にしたのである。
 手紙の宛先の人物が助けにくるまで…

第一話 完


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