Dobules
         風野 旅人

第一話 桜雪の季節に ―雪―

「……う〜ん……よく寝た……」
 俺は思いっきり背伸びをした。
 俺は情報棟の2階の廊下を歩いていた。
 S2Rの仮眠室で一眠りして4時間が経っていた。
 目覚まし時計は17時にセットしておいたが、起きたのはそれから1時間後の18時であった。
 ……やっぱし、3時間じゃ無理だったか……
 俺が今向かっているのは、研究室だ。
 俺がS2Rから出る時、コンソールの前で本を読んでいた修が呼びとめた。
「秋野、藤下さんが探していたぞ。寝てるといったら起きたら研究室に来るようにって言っていた」
 それで、修に言われた通り研究室に向かっている。
 ……それにしても何のようだろう……まあ、こっちも探していたから都合は良いけど……
 俺はあまり急ぐわけでもないので、ゆっくりと廊下を歩いていたが、S2Rから情報技術科のフロアに入ってから何やら周りが慌ただしい。
 各研究室の先生方があちらこちらにいて、何やら主婦の井戸端会議の如く、その場で何やら話し合っている。
 ある先生など、あっちの会議に加わったかと思うと次ぎはこっちの会議と、忙しなく井戸端会議を渡り歩いている。
 ……なんだろう?
 俺は疑問を頭に浮かべながら研究室に続く廊下を、先生方の群れの合間を縫うように歩く。
 横を通りすぎる時に、チラッと耳にした限りだと、あの噂の編入生の事のようである。
 ……まだ揉めてるのか……
 醜い争いだが、研究生の質で研究費が決定されるとなればこれは仕方が無いのかもしれない。
 この争いには、うちの師匠は加わっていないが、これには前年の時堂先輩の実績、そして川野辺のお陰でもあるのだ。
 川野辺はあれでも、かなりの才能を持っている。
 特に画像処理技術に関するものは、先生方でもかなうものは殆どいない……いや、はっきり言っていない。
 見かけがああだから多少評価が下がってみられる事が多いが……
 ……悪い子ではないんだけどな……どついたりしなければ……

 どかっ!

「のあっ!?」
 研究室の扉の目の前まで来ていた俺を後ろから誰かがどつく。
「よう!」
 噂をすればなんとやらだな……こいつは……
 後ろに立っていたのは、言わずと知れた川野辺瑠璃その人である。
「隙だらけだぜ、秋野」
「おまえな……いい加減どつくのは止めろよ……それに俺は格闘家じゃない、隙を突いてどーするんだ?」
 俺は仏頂面で抗議した。
「隙だらけの奴を見ると思わず攻撃したくなるのは人間の性みたいなもんだぜ」
 と顔に薄笑いを浮べてでたらめな事を平然と言う川野辺。
「嘘を言うな、嘘を」
「まっ少しは後ろや横も注意しな、まっすぐ前ばかりを見ていると思わぬ事につまずく事になるぜ」
 そう言うと川野辺はS2Rの方に行ってしまった。
「……まったく……」
 本当にいい加減にしてもらいたい。
 何が面白くてやっているのか、今だ皆目見当が付かない。
 ため息を吐きながら、俺は研究室のドアのノブを引き、ドアを開ける。
「どうも、師匠」
 俺は研究室のドアを開けたまま、研究室にいるであろう師匠に声をかける。
「おっ、秋野か? 遅かったな」
 研究生のいる場所と師匠がいる場所は本棚で区切られているので、師匠の姿はここからでは見えない。
 俺は、床に散らばったジャンク品の山の隙間を縫うように足を進めて師匠のいる棚の向こうに顔を出す。
「ちょっと寝過ごしちゃって……でも来ましたよ。何ですか?」
 椅子に座って煙草を吹かしたまま、端末に向かっていた師匠はこちらを振り向いた。
 藤下雅茂、この研究室の先生であり、俺が師匠と崇めている人である。
 まあ、俺が一方的に崇めているだけだけど……
 各種プログラミングに精通し、情報システムのハード面でもかなりの経験を持っている。
 数年前まで、JCN――日本セントラルネットワーク社、コンピュータセキュリティ関連の大手会社――で主任プログラマをしていたという。
 が、現在はこうしてこの学校で先生をやっていたりする。
 根っからのジャンク好きで、このように研究室に山積みにしている。
 多少、他の先生方と考え方が違うせいか、よく変わり者扱いされている。
 ……まあ、変わってるとは俺も思うけど……
 ちなみに、師匠のかけているの眼鏡は普通の眼鏡ではなく、ヘッドマウントディスプレイだったりする。
 ぱっとみでは、見分けはつかないが、よく見ると眼鏡の端から細いケーブルが肩にかけて延びているが分かる。
 確かに今の世の中ヘッドマウントディスプレイが小型化・高機能化し、実用に耐えられるようになったとはいえ、平時から着けている人などまだ余りいない。
「研究の方はどうだ? 昨日も徹夜したんだろう?」
 師匠は、口に咥えていた煙草を机の灰皿に押し付けた。
「ええまあ……ぼちぼちと言ったところですけど……」
 俺は、曖昧な返事を返した。
 師匠は机の上に広げてあった雑誌を手に取り、ぺらぺらとめくり始めた。
「君の研究は、これ以上はこの学校では無理だろう……この調子なら研究所には入れるんだから、無理をせず少し休んだらどうだ?」
 ……研究所か……この調子なら大丈夫と言われても、この研究室にいる川野辺のレベルを見たら安心なんか出来ないけど……
 卒業までの研究の成果によって上位の研究所への入所が決まるのだが、特別定員が決まっているわけではない。
 その年のレベルやその研究内容によって毎年入れる人数が違う。
 今年度、つまり時堂先輩の代は、先輩ただ一人だった。
 だが、来年度は強者揃いである。
 まず、この研究室で『如何に人に近いCGを生み出せるか』を研究している川野辺。
 まだ研究内容は決めていないようだが、望もこの科ではかなり優秀な研究生だ。
 パッと頭に浮かんだだけでも、二人もいるのである。
 それだけで安心など出来るはずも無い。
「確かに、川野辺がいるんじゃ安心は出来ないだろうな……」
 パタンと手にしていた雑誌を閉じると、師匠は机の上にある端末のディスプレイに電源を入れた。
「SSGS・ラグナフィード、システム使用率3%、連続稼動時間56時間、か……。大分安定してきたじゃないか」
 師匠は、システム・シグマに接続し、俺のシステム・ラグナフィードの状態を見ている。
「ええ、それに手動でラグナフィードを使って、様々な攻撃プログラムと戦ってみましたが、今のところ負け無しです」
 ラグナフィードをテストする場合は、現在存在する公式・非公式の様々なシステム攻撃プログラムを使用して、システムシグマに攻撃を仕掛け、それをラグナフィードが対処できるかをみる
 勿論、シグマでは他の人のシステムも動いているので、攻撃を仕掛けるのは俺用に割り当てられたPUに擬似的に作り出したVM(ヴァーチャルマシン)上のラグナフィードに対してだが。
 最初の頃は、半分くらいの攻撃プログラムに負けていたが、現在入手可能なものについては、負ける事は無くなった。
 だが、攻撃プログラムなど日々新しいものが開発されている、情報収集とプログラムの整備は怠れない。
「究極のシステムガードシステムか……よくここまで作ってこれたな……」
 ディスプレイを見ながら師匠はぽつりと呟く。
「まだまだです。攻性防壁がまだ動かせませんから、まだ防戦しか出来ません」
 そう、ラグナフィードは、今は防御だけしか出来ない。
 ラグナフィードの究極目標は、人の手を介さないシステムガード、そして逆経路探索による攻撃元の逆探知、対ワーム攻撃システムを作るところにある。
 これらは、一応設計だけは多少は出来ているが、如何せん、要となる肝心なシステムが無い。
 ……人と同じレベルで思考できるシステムか……
 そんな物が今だ存在していないと言う事も知っている。
 ここに編入で来ると言っている人は、SAI研から来ると言う話だが、そこでも、そこまでのレベルに達したと言う話は聞かない。
「研究所に入れば、人工知能を専攻してやっている奴を何人か知っているから、紹介してやる事も出来る」
「俺が、研究所に無事入れたとしても、後一年ですか……結構長いですね……」
 俺のその言葉に師匠は呆れ顔で、
「一年を長く思えるような年じゃないだろうよ」
 という。
「そうですか?」
 真顔で問う俺。
「19の身空で、何が悲しくて一年を長く感じる……」
 そういう師匠も十分若いと思うが……
 ちなみに師匠の年齢は、当年とって28である。
 三十路突入へカウントダウンしているが、師匠はそれよりもずっと若く見られる事が多いらしい。
 下手すると25以内に見られる事もあったそうだが……
「それよりも、今日、私はこれから出かけなければならないから残ってやってゆくなら、残留届を出して置くんだぞ」
「はい……で、どこに出かけるんですか?」
 師匠は何故かウンザリしたような表情になった。
「SAI研だ」
「え?……もしかして噂の編入生についてのことですか?」
「相変わらず情報早いな……どうせ篠崎が言いまわってるんだろうが……」
「でも、なんで師匠が……確か師匠は取得合戦に参加していないって……」
「それなんだが……もとより私はその編入生を取る気はサラサラ無かった。確かに秋野の研究のことを考えれば、取得に参加するのが妥当かもしれない。だが、例えここに来たとしても、それを編入生に強制することも出来ないしな」
 師匠は再び煙草を口にくわえ、ライターで火をつける。
「……でだ、取る気が無いのなら、我々の代わりに希望しているものを聞いてこいっ、てさ……」
 確かに、取得合戦に参加していない以上、そういう役は師匠にはうってつけかもれない。
 それも、師匠が途中で裏切るような性格ではないと言う事を見越してのことだろう。
「やれやれ……そんなに研究費が欲しいのかね……」
 ため息とともに煙草の煙を吐く師匠。
「でも……確かに恒哉は、編入生をSAI研の才媛っていていましたけど、実際のところどうなんですか?」
 恒哉の話を聞いただけでは、人工知能の研究をしているここと、それを別なシステムとの融合の研究をしていると言う事だけしか、分からなかったし……
「さすがに、篠崎でもそれ以上の話は分からなかったか……実を言うと、SAI研では人工知能研究の中心人物だ」
 師匠は、とんでもない事を意外とさらりと言う。
「えっ、えええええ!? 何でそんな人が!?」
「わからん、SAI研の所長も首を傾げているよ。何で今更、うちみたいなところに行こうとするのかをね」
 師匠は、火が根元まで来ている煙草を灰皿に擦り付け、立ち上がる。
「まっ、編入生の事は、この際どうでもいい。それより秋野、私はお前の方が心配だ。というわけで明日から徹夜は当面禁止だ」
 カルく言ってくれる師匠。
 ……ぐっ、遂に禁止令が出たか……
 俺は思わず肩を落し、うな垂れてしまった。
 ……でも明日からって……
「明日からってことは、今日は徹夜をしてもいいと言う事だ。明日までに今迄の資料をまとめて、キチンと整理しておけ、いいな」
 師匠はよく「資料は整理しておけ」と良く言っている。
 資料の整理は、師匠曰く、コンピュータ技術者としての基礎だとのことだ。
 ……にもかかわらず、研究室はジャンク品で埋まっているが……
「はい、分かりました」
 俺は返事を返した。
「じゃ、後はよろしく、くれぐれも無理をするな」
 そう言うと、師匠は俺を残して研究室から出ていった。
 ……ハァ……
 思わず心からため息が出る。
 今迄、研究ばかりやってきた俺にとっては、いきなり来た休暇である。
 なんだか、気が抜けてしまいそうだなぁ……
 仕事が無くなったプログラマーってこんな感じなのかななどと思ってしまう。
 肩を落しながら俺はどうしようかとその場で悩み始めてしまった。
 そして……人は良く言います。不幸は纏めてやってくる、と……
 その不幸をもたらす存在(もの)は直ぐそこに居た。
「おやおや、遂に藤下さんに見捨てられたか、秋野」
 ぐっ!? このイヤミな台詞を響かせる、この声は!
「川野辺瑠璃! 貴様何時の間に!!」
 研究室を仕切っている本棚を迂回して、向こう側に身を乗り出す俺。
 そこには何時の間にかに戻ってきていた川野辺が立っていた。
「ふっふっふっ……いい事聞いちゃったなぁ〜 お前、研究禁止令が出たんだなぁ。遂に」
 川野辺はしてやったりとばかりにニンマリとした表情で、俺の方に向かって言い放ってきた。
 うううう……よりにもよってこいつに聞かれるとは……不覚だ……。
「……研究禁止令じゃないぞ、徹夜禁止令だ」
「良く言うぜ、基本的に夜型のお前が徹夜禁止されたら、アウトだって知っているんだぜ」
 くそー、相手が悪すぎる。
 こいつは人の弱みを握るとそれに付け込み捲くるからな……
「ほれほれ、研究しない奴は出て行きな。ただでさえ、狭い研究室が余計狭くなるからな」
「そこまでいうか、普通……大体、川野辺はこの研究室に入れるとは正式に決まっていないだろう……」
 俺は、かすかな抵抗を試みたが……
「残念だねぇ〜 その台詞は30分ほど前までは使えたんだろうけどなぁ〜」
 少しも動じず、意味ありげな台詞を吐く川野辺。
「何だそれは…… !?……まさか?!」
「察しの通り、さっき秋野が来る前に藤下さんにこの研究室で研究をしていいって返事をもらったよ。正式にな」
 怨むぜ師匠……何で川野辺にこういう時に好カードを揃えさせるかな……
「だからさっき言っただろう、前ばかり見ていると思わぬ事で躓くってな」
 余裕綽々で近くに有った椅子に腰をかける。
 確かに、その言葉については一理あるとは思う……が……
 川野辺が言うと百歩譲ってもイヤミにしか聞こえない。
 俺は怒りを堪えながらそのまま研究室から退場しようとする。
「……まっ、冗談はともかく」
 と言って俺を呼びとめる川野辺。
 ……今までのが冗談だったのか?
 俺は内心首を傾げながら振り返った。
「負けないからな、覚悟しておけよ」
 不適な笑みを浮かべてそう宣言する川野辺。
 こいつに本気を出されたら、それこそひとたまりも無い……
「……お手柔らかに頼むよ……」
 俺は力無く呟くとそのまま研究室を出ていった。



 俺は、研究室を出ると学務課のある棟に向かった。
 残留手続きを取るためである。
 基本的に深夜に渡っての居残りは許可されないが、教員の許可と申請さえ出しておけば、残る事は可能だ。
 学務課の前に設置されている各種申請用の端末から申請を出す。
 俺は空いている端末の前に行き、自分のIDとパスワードを入力し、残留許可申請を提出する。
 既に、師匠の許可のデータが入っていたので、その場で受理された。
 これで、本日の情報棟の警備システムのON/OFFが出来るようになった。
 本来なら学生にはやらせないのだが、師匠が特別に俺に教えてくれていた。
 大体、深夜の残留だって、担当教員が居ないと駄目なはずなのである。
 ……師匠も結構いい加減だからな……
 申請が終わると、俺はそのまま研究室に戻ろうかと思ったが、ふと外が見たくなってきてグラウンドに出てみた。
 外は既に日が落ちていた。
 昼間とは違い、ひんやりとした空気が漂っている。
 だが、今日の陽気なら明日も晴れそうだなと思い、空を見上げたが……
「おもいっきり曇っている……」
 丁度、月が出ていて、空の様子が見えていた。
 空にはどんよりとした雲が覆っていた。
 昼間とはうって変わっての天気である。
 暫く、ぼんやりと見上げていた俺だが、急に辺りが寒くなってきたような気がしたので、早々に情報棟の中に戻ろうとした。
 その時、情報棟の扉から川野辺が出てきた。
「帰りか?」
「ああ、今日はこれくらいにしておこうと思って」
 そう言うと、川野辺は門のある方へ向かって歩き始める。
「あっ、そうそうこれから天気が崩れて、雪が降るって聞いたからな、風邪引かないようにな」
 ……雪? あんなに晴れて暖かったのにか?
「川野辺……また、嘘を言うなよ……」
「信じる信じないは勝手だがな……それじゃ」
 そう言い残して、川野辺は闇に消えた。
 雪ねぇ……確かに寒くはなってきたけど、雪が降るほどじゃないような……
 俺は、再びどんよりと曇った空を見上げた。
「さて、そろそろ始めようかな……」
 俺は研究室に戻り、師匠に言われた通り、資料の整理を始めようと思った。
 俺が研究室のドアを開けると明かりが点いたままになっていた。
 川野辺、電気消し忘れたな……
 俺は自分の席に着くと端末のスイッチを入れ、資料をまとめてほうり込んであるデータディスクの中身を参照し始める。
「くあ……」
 その状態に思わずうめき声を上げてしまった。
 改めてみると、データがあちらこちらに散在し、中身を確かめるのも嫌なくらいな状態になっていた。
「やっぱり常日頃の整理整頓が大切だな……」
 しみじみ思っていたその時……

  カサ……

 後ろで、紙と紙をがこすれた音がした。
 俺以外誰も居ないはずなのに……
 反射的に俺は後ろを振り向いた。
 そこには、ちょこんっと椅子に座った……
「先輩!?」
 そこには、いつも通りの笑みを浮かべて、資料をめくっていた時堂先輩がいた。
「前からそこに居たんですか?」
 首を縦に振る先輩。
 ……全然気が付かなかった……
 先輩は、あまりにも自然にそこに居たような感じで、部屋の中に溶け込んでいるように思えた。
 確かに普段から、物静かな人ではあるが、ここまでとは……
 以前は、研究室がそれほど散らかっていなかったので、すぐに居る事が分かったが、今のようにジャンクの山が築かれた状態だとそれに溶け込んだようになってしまっていた。
「先輩も大変そうですね……」
 そう言うと、俺は再び自分の端末の方を向いた。
 作業している先輩の邪魔をしては行けないと思ったからである。
 先輩はこれから、研究所に入って研究を続けるのである。
 それを思うと、俺なんかが邪魔するわけにはいかない。
 ……通りで明かりが点いたままだったわけだ……
 暫く、ディスプレイを眺めていた俺だが、ガタっ、という音を聞きつけて再び先輩の方を見た。
 先輩は既に自分の荷物を入れたバックを肩にかけていた。
「帰るんですか?気を付けて帰ってくださいね」
 先輩はにっこり微笑むと静かな足取りで研究室のドアの前まできて、俺に向かって軽くお辞儀をすると、そのまま研究室から出ていった。
 ……相変わらず謎の人だな……
 一年近く、同じ研究室に席を置いているが、未だに正体の分からない人である。
 元々無口な人だし、俺の方から話すような事も無いのも事実だけども……



 俺以外誰もいない研究室に端末のファンの音だけが響いている。
 研究室の壁に掛けられた時計は0時を指している。
 師匠にあまり無理をするなと言われたが、徹夜は今日で最後にするのだからいいだろう。
 当面、研究のプライオリティを下げるつもりだ。
 師匠に言われたせいもあるが、何よりこの頃全然進歩がないためである。
 実のところ、昨日も徹夜してはいたが、一つも実りはなかった。
 煮詰まっているところでは、どんなにあがいても無駄と判断したのだ。
「……師匠公認だからいいかな……」
 暫く旅にでも……とも考えたが、金もないので敢えなく廃案にした。
 ……それよりも目の前のデータの整理の方の事を考えた方がよさそうだ……
 さっきから資料の整理をしているが、一向に片付く気配が無い。
 とてもじゃないが今日だけで終わるような状態ではない。
 ……しばらくの間は、研究室に来て資料の整理だけするかな……
 徹夜は禁止されたが、川野辺が言うように研究自体を禁止されたわけではないのだから。
 ……それにしても、なんか冷えてきたような……
 研究室には空調がかかっているので、寒く感じるなどと言う事は殆ど無いはずなのだが……
 それでもさっきから妙に肌寒い。
 俺は研究室の空調設定を覗き込んだ。
 20度……まあ、こんなもんだろう。
 よほど急に冷えてきて、雪でも降ってこない限り……
 そこで、川野辺が帰り際に言っていた事を思い出した。
「まさか、川野辺の言う通り、雪でも降ってきていたりして……」
 俺は、ふと、窓の方を向いた。
「えっ?」
 今、部屋の光を反射して何かが光ったのが見えた。
 俺は、窓を開け外を見てみた。
「げ……本当に雪が降っている……」
 全然気がつかなかったが、既に降り始めてから数時間が経っているようだ。
 現に、グラウンドや芝生が白い化粧を万遍なくしている。
「いつもの嘘じゃなかったのか……」
 俺は自分の端末から、天気情報を流しているサイトに接続してみる。
 ――本日の天気――
 大陸よりの真冬並みの寒気が南下してきており、春の陽気に包まれていた平野部でも深夜から明け方にかけて大雪になるでしょう。
 ―――――――――
「何で……春真っ盛りの天気から真冬になるんだか……」
 窓の外の光景にしばしボーゼンとなる俺。
 別に雪が降ったからどうと言う事はないのだが……やっぱり物悲しさを醸し出させるような気がする。
 ……全く縁起でもない。
 師匠に徹夜禁止にされるわ、川野辺にからかわれるわ……
 研究は煮詰まっているわ……
 ただでさえ、ろくでもない事続きなのに……
 俺は憂鬱そうに空を見上げる。
 空からは絶え間無く雪が降り注いでいたりする。
「はあ……」
 思わずため息を吐き俺……
 ……雪に文句を言ってもしょうがない。明日にはそこそこ積もっているだろうし、予報だと明け方前には上がるって言っているから、朝日を浴びた雪も奇麗だし……
 気を取り直し、俺は窓を閉めると、再び自分の端末に向かう。
 やれるところまでやろう……
 そう決めて、再度キーボードを叩き始めた。



「う〜ん、いい朝だ」
 俺は、学内の庭で背伸びをした。
 地面には白い雪が靴の高さの半分くらいまで積もっている。
 昨日はあれほど暖かったのに……
 上を見上げると、青い空に筋状の雲が広がっている。
 冬特有の天気だ。
 季節は春真っ盛りからいきなり真冬に戻ってしまった。
 ここに立っているだけでかなり寒い。
 春に合わせてある今の俺の服装ではなおさらだ。
 徹夜明けの寝ぼけた頭には目を覚ますのにちょうどいいかもしれないが……
 異常気象もいいところだ、あれほどぱかぽかとしていたのに、1日もしないで銀世界に変わるとは……
 俺は、雪に覆われた学内の景色を見渡した。
 見渡す限りの一面の雪は日の光を浴びて光り輝いている。
 まだ、明け方だからいいが、日が照って行くうちにまぶしいくらいになるだろう。
 ……でも、クロスカントリースキーでもやるには丁度いいかも……
 知らない人もいるだろうが、クロスカントリースキーとは、要するに歩くスキーのことである。
 オリンピックなのでよくノディック競技などと呼ばれているあれの一つだ。
 その中だとジャンプ競技が有名だが、これもそれらの仲間である。
 スキーというと普通の人はアルペンスキーと呼ばれる滑降系しか知らないだろうが、俺の場合だとスキーといえばクロスカントリーのことを指す。
 そのため、普通の人とスキーについて話すと妙に会話が噛み合わないときがあるが……
「道具持っていたらやっただろうな……今年の冬は行かなかったし……」
 俺は、クロスカントリーをやっているが、道具はいつも借りているため持ってはいなかった。
 お金があったら買っているかもしれないが、研究のためバイトもしていない。
 ……そのうちチャンスもあるだろう……
 しばらくその場から俺はあたりを見回していたが……
「……ん?」
 ふと、視界の隅に人影を見たような気がした。
 この時期のこんな時間に、ここにいるような人は俺くらいであろうと思っていたが……
 今の時期は、先輩たちの研究発表は終了したばかりだし、また来年度の研究生……つまり俺の同期ではこの時期から徹夜しているようなのは俺しかいないはずだ。
 現に、昨日見た深夜残留許可の一覧表を見ても俺の名前しか無かったはずだが……
 逆にこんな朝早くから来た誰か来たのだろうか?
 俺は胸のポケットに入れてあった時計を手に取った。
「……まだ6時だぞ……」
 俺はもう一度あたりを見まわした。
 ……まさか、泥棒じゃ無いよな?
 泥棒にしては、来る時間が遅い。
 それに、俺のいる研究室のある棟以外は、警備システム全てがオンになっている。
 ちなみに、俺のいる研究室の棟は、今俺がいる場所のすぐそこの扉以外は警備システムが入っている。
 つまり、泥棒が入ろうとしたら、ここの扉以外は通れないはずである。
 一応、様子を見ておくか……
 俺は唯一の扉を閉め、師匠から預かっている鍵で警備システムをオンにした。
 そして、人影が歩き去ったであろう場所に、向かって歩き始めた。



 ……う〜ん……
 先程、人影を見たと思った場所からその近くを見て回ったが、人の気配はしなかった。
 食堂、本館、産業研究棟、合同教室……だめだ、やっぱりいないようだ。
 俺の見間違いだったのだろうか?
 そういえば、全然雪面に足跡が残っていない、これだけ雪が積もっているのだから足跡くらい残っていいても不思議では無いはずだ。
 足跡は俺の後ろにある、今俺が歩いてきたところにしかない。
 もちろん屋根がある場所なら雪もないだろうが、屋根のある通路はそう多くない。
 自ずと、移動できる場所が限定されるのだが……
 とりあえず屋根のある通路で行ける範囲を回ってみるか……
 俺は、コンクリートで固められた通路を歩き出した。
 通路には多少雪がかぶっているが、真ん中あたりは雪が無い。
 これなら、雪を踏まずとも移動することが可能だろう。
 しかし、しばらく歩いても、人がいる様子はやはり無い。
「やっぱり、見間違いだな……」
 俺はそう納得して、元々いた研究棟の入り口前まで戻り、そこからまた雪の上を歩き出した。
 俺は一応あたりに気を配りながら歩いたが、やはり人の気配どころか雪のためか鳥すらも見かけない。
 ……昨日は鶯も鳴いていたのに……
 しばらく歩きつづけた俺は、やがて情報研究棟の南側の庭に出た。
 この庭の真ん中には、大きな桜の木が植えられている。
 この庭の周りにも数多くの桜の木は植えられているが、この桜の木『皇樹』は、その中でも一際大きい。
 幹の太さだけでも、人が向こう側にいても見えないくらいだ。
 枝一本一本とっても、かなりの太さを持っている。
 『皇樹』は、その枝に自らの花と空から舞い降りてきた白い結晶を身に纏っている。
 実に不思議な光景だと思う。
 そういえば、『皇樹』と雪で思い出したが、二ヶ月ほど前、今日のように雪が降り『皇樹』に雪が積もっていたころ、ここに雪女が出るという噂が流れたことがある。
 何でも夜中に、白っぽい服を着た女が、ぼんやりと『皇樹』を見上げている……というものである。
 噂は、一時期広まっていたが、3月に入り雪が降らなくなってくると、その噂も雪とともになくなってしまったようだが……
 実は、俺はその雪女の正体を知っている……というか、夜中にここに立っているような人物は一人しか思い付かないが……
 その正体は誰であろう、夜遅くまで研究をしていた時堂先輩である。
 先輩は、夜遅くまで研究していて何かに詰まったりすると、ふらりと外に出ていってしまう。
 外が、暑かろうが寒かろうがに関わらず、いつもそうしていた。
 俺が、外に食料を買いに行ったりしたときに、『皇樹』の前を通ると、先輩がぼんやりと『皇樹』を見上げているのを、よく見かけたことがある。
 それを、誰かが雪女と勘違いしたのだろう……
 ……先輩にも困ったものである……
 先輩がそういう習性を持っているとは、普通の人が知っているはずもないだろうが……
 その噂の張本人は、自分のことだとはまったく気付いておらず、果てには「雪女ですか……なんだか、シロップかけたくなりませんか?」などといっていたし……
 ……そう言えば、昨日より前に先輩の言葉聞いたのはこの言葉だったような……
 まあそれはともかく、この天気はまさに季節感を失った雪女が舞い下りたとしかおもえないような気がする。
 俺は、庭の入り口から『皇樹』を眺めていたが……

 ザッザッ

 雪を踏みしめる音……足音だ!
 確かに、今聞いたのは足音には間違いない。
 犬・猫のたぐいの足音ではない、人間の足音だ。
 あたりが静かな為か、音はやたら鮮明に聞こえた。
 ……近い。
 ……どこからだ?
 俺は耳を澄まし、その足音に聞き耳をたてる。

 ザッザッ

 もう一度雪を踏みしめる音がした。
 ……『皇樹』の向こうだ!
 俺は、音が『皇樹』の向こう側から聞こえてくるのが分かると、思わず「誰だ!」と声を上げてしまった。
 上げてから失敗したと痛感した、大男だったりしたら腕っ節では間違いなく俺ではかなわない。
 返り討ちに遭うだけだ。
 それに、たとえそうでなかったとしても俺一人でどうなるものではない。
 だが、意外にもその足音の主は小柄であった。
 そいつが『皇樹』の幹の向こうから顔を出す前に、黒い長い髪がはみ出していた。
 輝くようなつややかな髪だった。
 今の時代、脱色や染めたりするものも多いが、この黒い髪は混じりっけなしの自然な髪だ。
 足音の主は、幹の影から姿をあらわしてくる。
 ……女の人……?
 年は俺と同じくらいだろうか?
 その女性は腰より長いその黒髪を揺らしながら『皇樹』の幹にもたれかかるように立っている。
 その容姿は……またうちの野獣たちが騒ぎ出すこと請け合いである。
 ……ここ本当に女子少ないからな……
 時堂先輩が不思議な雰囲気をもった美人なら、少々影を持った美人とも言うべきか……
「ひと……いたんですね?」
 その女性は、ぽつりと言った。
「いたんですねって……君はどうしているの?」
 反射的に俺は尋ねた。
 その女性は、少し頬赤らめながら
「ここに来るの楽しみで思わず早く来すぎてしまったらしくて……」
 といった。
「はぁ?」
 ここに来るのだ楽しみだったから早く来すぎた?
 今何時だと思っているんだろう?
 俺が人影を探す前に時計を見たとき6時だったから、少なくとも5時台にはここにいたことになる。
 なに考えているんだろ?
 だが、その女性の様子からして嘘をついているように思えない。
「おかしいですよね? こんな早く来てしまうなんて……」
 その女性は微笑みながら木の横に立っている。
 その光景は物凄く絵になるのだが……
「おまけにこの寒空じゃね……」
 俺はその女性のいる『皇樹』の下に足を運んだ。
 ザク、ザク、と雪を踏みつけ『皇樹』の側まで来ると、少々風が吹き、巻き上げられた粉雪が細波を雪面に刻みつける。
 そして上からは、静かに桃色の花びらと白い雪の結晶が俺に降り注いできた。
 思わず俺は、上を見上げその光景を、時が経つのも忘れたかのごとく見続けていた。
 ……不思議な光景だな……生まれて初めて見た……
 幹にもたれかかっているその女性も同じように見上げていた。
「奇麗ですね……雪と桜の花の組み合わせ……」
「めったに見られるものじゃないだろうな」
 しばらくその光景を見上げていた俺達だが、ふとその女性が俺に尋ねてきた。
「あなたはどうしてここにいるんですか?」
「俺か? 俺は研究で徹夜明け」
 俺は未だ降り注いでいた雪と花びらを舞を見上げたまま答えた。
「……研究ですか?」
「そう研究。ちとわけ有りでね」
 ようやく俺が下を向くと、その女性が俺の顔をじっと見ていた。
 身長が俺のほうが少し高いため若干見上げるような感じで俺の顔を覗き込んでいる。
 ……そんなに見られるとこっちのほうが恥ずかしい……
 俺の表情の変化に気付いたか、その女性は顔を赤らめて横を向いてしまった。
「ごめんなさい……つい……」
 ……謝られても困るけど……
 でも、本当に奇麗な人だと思う……
 さっき雪女の話を思い出したが、まさに季節を忘れた雪女という表現が似合う女性だ。
 といっても冷たい感じがするわけではないのだけどね。
「……で? どうするの?」
「はい?」
 唐突に聞いた俺の言葉に首を傾げる雪女……もとい、女性。
「いやまあ、こんな早く来ても学校開いていないし、一度帰ってから来た方がいいんじゃないのかな?」
 俺は静まりかえっている学内の敷地を見渡しながら言った。
 ところがその女性は、困った顔をして、
「そうしたいんですけど、私の家遠いんです……」
 という。
「遠いって、どの位?」
「2時間くらい……」
「……遠いな……」
「はい……」
 思わず沈黙する二人。
「これからは寮に入るのでいいんですけど……今日はまだ……」
 この学校には女子用の寮が存在する。
 基本的に女子の少ないこの学校にとっては無用の長物に近いのだが、100人位の人数を収容できるらしい。
 ……一科に十数人しか女子がいないのに100人も収容できてどーすんだろう……?
 当然、現在でも寮はスカスカらしい。
 そんな訳だから、希望する女子は全員入寮できる。
 元々、入寮する人自体が少ないので比較的奇麗な部屋が多いといわれている。
 因みに、当然お約束で男子禁制となっている。
 そして、その禁を破り強行突破しようとする愚か者が後を絶たないのもお約束である。
 ……まあ、女子寮のセキュリティシステムは、この学内でも最も強力な奴を配備しているのでそう簡単に突破はできないだろうが……
「……と言っても、こんなの所でいつまでも立っていたら風邪を引いてしまうし……」
 まだ夜が明けたばかりの外は非常に寒い。
 こうやって立っていたりするが、そろそろ研究室に戻りたい。
 でも、こんな所にこの人置いて行くわけにいかないし……
 ……しょうがない……
「どうする? 良かったら研究室に来る?」
 俺は駄目もとで提案する。
 当然警戒されるであろうことは目に見えていたので、返事は期待していなかった。
 体格良くないけど、俺も一応、男だしな……
 と考えていたが意外にも、
「はい、よろしくお願いします」
 殆ど即答で返事が返ってきた。
「……」
 思わず沈黙してしまう俺。
 ……この人……何にも考えていないのだろうか……それとも、俺は男として認識されていないのだろうか?
 師匠に、
『お前、イメージがなんとなく中性過ぎて、相手にされていないんじゃないのか?』
 とからかわれた事があったが……
「どうしました?」
 その様子に首をかしげる彼女。
「いや、あのですね……一応警戒するとか考えなかったんですか?」
 思わず動揺してしまい、丁寧語で喋る俺。
「警戒……?どうしてですか?」
 ……どうしてと言われても……
 返答に困る質問である。
 俺は一つため息を吐くと、
「俺は男だよ。そしてあなたは?」
「女ですよね……それがどうかしましたか?」
「……」
 その返答にまたもや沈黙してしまう俺。
 ……参った、降参だ……
 内心、彼女に白旗を上げる俺。
「分かった。それじゃいきますか……」
 もとよりそんなつもりはないが、下手に警戒心を持ってもらっても気分が悪いので、ここでこの話を打ち切った。
「はい」
 彼女はそう返事をして、俺の後をついてきた。



「めちゃくちゃ散らかっているけど、あんまり気にしないでね……」
 と言っても既に遅いようである。
 藤下研究室に入った途端、彼女の動きが一瞬止まったのを俺は見逃さなかった。
「この学校の研究室って、どこもこうなんですか?」
「それはない」
 きっぱりと言う俺。
 俺は自分の椅子に座ると、手近の空いている椅子を勧めた。
「時間まで適当に時間潰していてよ。そこらの本読んでもかまわないし……」
「はい……ところで、何の研究をしているんですか?」
 彼女は、椅子に座ると目の前の共用机の上に置いてあった本を手にしながら言った。
 ちなみにその本は、川野辺の資料で画像処理関連の本だった。
「俺は、ネットワークセキュリティのガードシステムの研究。あっ、その本は別の研究生の本だから……」
 そういうと、遠慮したのか彼女はその本を机の上に戻してしまった。
「ああ、いいよ。その本の持ち主、そんな事を気にするような性格の持ち主じゃないから」
「そうですか……」
 本に視線を向けていたその女性は、不意にこちらを向き、俺に尋ねてきた。
「セキュリティシステムとはどういうものを作っているのですか?」
「まっ、自ら考え、自らの判断の元、侵入者・ワームを撃退するシステム……と言うべきかな……」
 その言葉に、彼女は顔を輝かせた。
「そんなすごいシステムなんですか!?」
 身を乗り出しそうな勢いで、椅子から立ちあがる彼女。
「おっ、落ち着いてよ。実のところそんなレベルには達していないんだから……」
 その驚き様に、焦りながら言う俺。
「そうなんですか……」
 彼女は心底残念そうに呟く。
「……後は、人工知能の実装ができればいいんだけどね……」
 俺は、ため息混じりでいった。
「え……?」
 彼女はハッとなり、顔を上げる。
「どうしたの?」
「……いいえ、何でもありません……」
 俺は大して気を止めなかった。何か思い出したことでもあったのだろう。
「……で、セキュリティシステムに興味があるの?」
「ええ、前の場所で少し、学んでいましたから……」
「そうなんだ……新入生って訳じゃなさそうだから、編入生だと思ったんだけど、違う?」
 うなずく彼女。
「やっぱりそうか……ふあぁ……」
 俺は言葉の途中で思いっきり欠伸をしてしまった。
 ……二日連続徹夜であんまり寝ていないからな……
「俺寝るよ……時間になったら勝手に出ていっていいからね……」
 俺は自分の机の上に突っ伏しそのまま眠りこけようとした。
「あの、ちょっと……」
「え……? 何に?」
 俺は突っ伏したまま答えた。
「聞きたい事があるんですけど……」
「はいはい……」
 半分寝ぼけながら、返事を返す。
「ここって、何科ですか?」
「……情報技術科……」
 そう答えた後、俺の意識はそこで途切れていた。
 その後にも、彼女は何かを言っていた気もするけど……


―雪― 了

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